熊本市の慈恵病院が、望まない妊娠に悩む女性の出産を匿名で受け入れ、生まれた子が後から親を知ることができる「内密出産制度」の導入を検討している。

 母子の命と子どもの出自を知る権利の両方を守る新たな取り組みだ。

 慈恵病院は親が育てられない赤ちゃんを匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)で知られる。

 2007年の開設から10年間で託された赤ちゃんは130人。うち少なくとも62人が医師らが立ち会わない自宅や車中での出産だった。自分で出産後の処置をし、へその緒をはさみで切ったケースもあったというから、誰にも話せずリスク覚悟で「孤立出産」を選択したのだろう。

 小さな命を救う最後の砦(とりで)としての役割を果たしてきたゆりかごだが、出自を知る権利を巡っては批判にさらされることも少なくなかった。最終的に親の身元が分からないままの子は26人。親の匿名性と親を知る権利は常にぶつかりあってきたのだ。

 病院が構想する内密出産は、女性の身元を記した封書を行政機関に預けた上で、匿名での出産を受け入れる制度。生まれた子は特別養子縁組をした家庭などで育ち、一定の年齢になれば出自を知ることができる。

 既に制度化しているドイツでは、16歳になると母親の名を知ることができるという。

 予期せぬ妊娠で追い詰められた女性の選択肢を広げるためにも、議論を前に進めてもらいたい。

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 内密出産制度については、ゆりかごの運用状況を定期的に検証する熊本市の専門部会も導入に向けた検討を国に求めている。

 ただ現行法では父母らに出生の届け出義務があり、母親の匿名性を保つと、子が無戸籍状態になる恐れがある。

 国の機関や専門家を交え問題点の整理に取りかかり、子が無戸籍になるのを防ぐ制度整備に着手すべきだ。

 ゆりかごを巡っては設置段階から「捨て子を助長する」などの意見があり、反対論は今も残っている。内密出産についても同様の声が起こるかもしれない。

 しかし130人の命が託されたという事実は重い。ゆりかごとともに設置された24時間対応の妊娠相談窓口には16年度だけでも6500件を超える相談が寄せられている。全体の約7割は県外からである。

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 自宅で出産し遺棄したり、赤ちゃんの遺体が発見されるなど「望まない妊娠」を背景にした悲劇が繰り返されている。

 厚生労働省が03年以降の10年間に児童虐待で犠牲になった子ども546人の事例を分析した結果、1歳未満の赤ちゃんが4割以上を占めていた。そのほとんどが実母が加害者というケースだった。

 望まない妊娠では母子手帳ももらわず、妊婦健診にも通わないなど、行政や病院の支援から漏れるケースが多い。

 命を守ることを最優先にいつでも対応できる全国的な相談窓口の整備も急務である。