2017年も暮れようとしている。歳を重ねてきたのに、寛容なこころが育まれるどころか、この連載のタイトル通り、ワジワジーすること多かりき。まだまだ修行が足りないのか、はたまた世の中の劣化のスピードがより加速された故か。沖縄の神々とキジムナーのみぞ知る。

米軍ヘリの窓が落下した痕跡を指さす普天間第二小学校の大村朝永教頭(右)=13日午後、宜野湾市・同校グラウンド띱

 翁長県政の3年が過ぎた。地域としての自立精神と経済発展は着実なものになりつつある。県を訪れた観光客数もこの3年で大いに伸びた。台湾、韓国、中国本土、香港といったアジアからの観光客が着実に増えている。本土政府レベルでは、日中関係がぎくしゃくしているが、沖縄では良好だ。沖縄経済が安定化していく一方で、県内の経済格差が拡(ひろ)がった。地域間の格差と世代間の格差。そもそも格差は「歪(ゆが)み」なのだから、これが「本土並み」になってはよろしくない。結い、ゆんたくーのこころが「歪み」をただしていくだろう。

 さて、そうしたなかで、沖縄が積年背負わされ続けてきた構造的な問題=基地問題は、解決からどんどん遠ざかっているように思う。これは米軍基地だけではなく自衛隊基地の配備・建設についても言えることだ。一義的な責任は、聞く耳を持たない東京の本土政府にある。「地政学的に」基地は沖縄に必要という、わけ知りな言説に惑わされてはならない。要は「弱い者いじめ」をしているのである。新しい米軍基地を県内にはつくってほしくない、本土も負担を分担してほしい、という沖縄県民の多数派の声は、ことごとくないがしろにされてきた3年でもあった。

 この原稿を書いているさなかに、宜野湾市立普天間第二小学校運動場に、米軍ヘリコプターから「窓」が枠ごと落ちてくるという事故があった。重さ7・7キロ、90センチ四方の輸送ヘリの窓だ。落下地点からわずか10メートル先に子供たちがいた。あわやの事態だった。あれがもし本土の首都圏の小学校校庭で起きていたならば、本土の大メディアはもっと、もっと大騒ぎしていたのではないだろうか。せめて日馬富士報道の10分の1でも費やして報じていたならば…。僕は思う。ひょっとして本土の大メディアのニュースの編集長たちの意識のなかにこんな考えが潜んでいるのではないかと。「沖縄だから仕方ないか」。

 沖縄県警は、県民の生命と財産、安全を守るために警察権をもっている。正確に言えば県民から権利を委託されている。けれども彼らも初めから「捜査」ではなく「調査」ベースで検分していたようにみえた。米軍絡みの事件・事故については構造的な壁があるのだ。日米地位協定。よほど例外的な凶悪事件をのぞいては、身柄の引き渡しや証拠品の押収については地位協定に従う。

 その地位協定の中身が著しく不平等、植民地的なのだ。証拠品の「窓」は地位協定に基づき米軍に返還された。子供に健康被害が出ているのに過失責任は立件されない。これが不平等でなくて一体何が不平等だと言うのだろうか。地位協定ひとつ変えられない本土政府のトップたちが「憲法をかえたい」などと言うのだから倒錯している。

 今度の窓落下事故で、普天間飛行場の危険性除去→辺野古への移設を急がなければならない、というのは詭弁(きべん)である。では辺野古なら落ちていいのか。たった3か月前に東村高江にヘリが(「窓」ではない。本体だ)畑に不時着して大破・炎上したではないか。トランプ米大統領は、ヘノコ、フテンマなどという地名なんか知らないし(エルサレムは知っている)、武器を日本に売ることに関してはしっかりと頭に入っている。アメリカの利益のために醜悪なほどにすり寄る本土政府を私たちはこれでもかと言うほどに見てきた年でもあった。ああ、ワジワジーする。瀬長亀次郎の爪の垢(あか)の粉末をまぶしても彼らには全く効き目がないだろうなあ。

 そんななかで、一筋の希望の光がほのかに見える出来事がいくつかあったのも2017年だった。『ニュース女子』という番組で、沖縄の基地反対運動に対する誤った情報と偏見を垂れ流しにした本土の東京MXテレビに対して、BPO=放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会は14日、「重大な放送倫理違反があった」とする意見を公表した。事実に基づかない内容を放送したことと、放送局が放送前に番組をチェックする機能が全く働いていなかったことを厳しく指摘する内容だった。つまり「放送されてはならぬものを放送した」(BPO当事者)との認定だ。

 ただ、この『ニュース女子』の放送に対しては、沖縄のメディアは地元2紙を除いては、同業のテレビ局の対応は非常に鈍かった。唯一の例外は、大阪・毎日放送(MBS)の『沖縄 さまよう木霊~基地反対運動の素顔~』という調査報道番組だった(ギャラクシー賞受賞)。同番組の斉加尚代ディレクターの地道な取材と慧眼(けいがん)と勇気に敬意を表したい。

 残る2つの希望。「ステージ4」のがんとたたかっている沖縄の写真家・石川真生さんの大琉球写真絵巻プロジェクトの取り組みと、それを取材して報じたNHK・ETV特集。そこには未来に託す希望がある。NHKスペシャルの『沖縄と核』も大変な労作だった。

 そして今年の最後に記しておきたい希望の光。肝試しと称して、沖縄戦のさなか集団自決のあった史跡・読谷村チビチリガマを荒らし保護観察処分を受けていた沖縄の少年たち4人が、自らの行為について「とんでもないことをしてしまった」との思いからチビチリガマに出向き、遺族に謝罪したとのこと(12月6日)。保護観察官の適切な指導・努力が奏功した形だが、この意味は大きい。こうした動きが、ワジワジーすることどもに対する「抗い」=レジスタンスとして形になったのだ。新しい2018年が、より濃密な「抗い」の年になる予感がする。読者の皆さま、よき年末年始をお過ごしくださいませ。

 (テレビ報道記者・キャスター)=随時掲載