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  • いつ可決したか判然としない混乱の中、安保法案採決が強行された
  • 戦争を起こさせない社会的な力が急速に弱まることを危惧する
  • 議会制民主主義を踏みにじる安倍政権は選挙で信を問うべきだ

 2015年9月17日という日付を、憤りを込めて胸に刻みつけたい。今、問われるべきは、名護市辺野古の新基地建設とも相通じる「安倍政治」の独断的な手法そのものである。

 安全保障関連法案は17日、参院の特別委員会で強行採決され、自民、公明などの賛成多数で可決された。

 鴻池祥肇委員長に対する不信任動議が否決され、鴻池委員長が委員長席にもどったとたん、与野党委員が怒号とともに委員長席に殺到し、大混乱に陥った。

 締めくくりの総括質疑もなく、議会ルールも無視され、いつ可決したのかさえ判然としないような混乱状態の中で、採決が強行されたのだ。

 審議の過程で最高裁長官、最高裁判事、内閣法制局長官などの経験者や裁判官OB、弁護士、憲法学者らがこぞって法案を違憲だと断じた。前代未聞のことだ。

 女性や学生など各層の人々が全国各地で連日、大規模な反対行動を展開し、廃案を求めた。だが、法案成立を憂える人々の声は無視された。「違憲立法」のために議会制民主主義が踏みにじられたのである。

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 憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求される。集団的自衛権の行使容認に踏み切った昨年7月の閣議決定で、政府も、そのことを認めている。

 ところが、どうだ。専門家から相次いで法案の違憲性を指摘されると、「学者の言うことを聞いていたら日本の平和は守れない」と傲慢(ごうまん)な態度を示したり、「わが国を守るために必要な措置であるかどうかが問題で、法的安定性は関係ない」と、言いたい放題である。

 これが一番、危ない。昭和10年代の日本もそうだった。

 政府・自民党は「違憲かどうかを判断するのは最高裁」だと憲法学者らの発言をけん制し始めた。

 だが、最高裁長官を経験した山口繁氏は、共同通信の取材に応じ、「集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反」だと断じている。

 「従来の解釈が国民に支持され、9条の意味内容に含まれると意識されてきた。その事実は非常に重い」

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 審議を重ねれば重ねるほど、政府の答弁が二転三転し、首相と防衛相の答弁にも食い違いが生じるのは、この法案が「違憲立法」という性格を持っているからだ。

 発進準備中の航空機に対し、自衛隊が後方支援の名目で給油することは可能なのか。政府は、武力行使との一体化にあたらず合憲だと主張するが、大森政輔・元内閣法制局長官は、8日の参考人質疑で、違憲だと指摘した。

 そんな法案が参院の特別委員会で可決されたのである。 憲法の解釈変更による集団的自衛権の行使容認は、安倍晋三首相のブレーンだった外務省出身の岡崎久彦氏(故人)が、早い段階で安倍首相にアドバイスしていた。

 米国の知日派がまとめた「アーミテージ・レポート」も、日米同盟を強固にするためには集団的自衛権の行使が欠かせない、と主張していた。

 日米で表面化した集団的自衛権行使の考えが安倍政権に流れ込み、安保法案という形で具体化したというわけだ。

 安倍首相は、国会審議の途中から、中国脅威論を前面に打ち出し、安保法案によって抑止力が向上する、と主張するようになった。そのほうが、国民の理解が得られやすい、と判断したのだろう。

 だが、ほんとうに抑止力が向上するのか。検証するのは難しい。

 「対話」が語られず、「抑止」だけが強調されれば、地域の安全保障環境は今以上に悪化する恐れがある。

 法案成立によって予想されるのは、戦争体験者の急激な減少と、解釈改憲による憲法9条の空洞化と、軍事力への過信が同時に進行し、戦争を起こさせない社会的な力が急速に弱まる恐れがあることだ。

 議会制民主主義を踏みにじって「違憲立法」を通す。これが政治の暴走でなくて、なんであろうか。安倍首相は選挙で国民に信を問うべきである。