まっすぐ前を見つめる女性5人と腕だけの6人目-。年末に「今年の人」を発表した米タイム誌は、セクハラや性暴力被害を告発する運動に加わった6人が表紙を飾った。テーマは「沈黙を破った人」。顔と名前を公表し証言した人と、匿名の人、どちらも尊い存在であるとのメッセージを表明した。

 運動は「#Me Too」(ハッシュタグ・ミー・トゥー=私も)と呼ばれ、今や国境を越えた広がりを見せる。この種の証言が、これまでほとんど表面化しなかったことを考えると、運動はまさに世界に風穴を開けた。

 きっかけは米国の女優たちが、ハリウッド映画界の大物プロデューサーの長年のセクハラを訴えたことだ。運動が波及したヨーロッパでは、告発された著名人が次々と社会的地位を失った。

 日本でも、人気ブロガーが、会社員だったころのセクハラ被害をインターネットに投稿したことが火付け役となって、共感が広がっている。

 告発から分かったのは、セクハラや性暴力が、職場や学校など「外」にとどまらず、家庭など「内」でも起きていること。女性や女児に限らず、男性や男児、性的少数者も被害を受けている。

 場面や被害の多様さを見れば、男女や個人の問題ではなく社会の問題だと知る。

 一方、日本では訴えと並行して被害者への誹謗中傷も増えている。欧米とは異なる反応で、「証拠を出せ」「警察に行けばいい」など告発自体への批判や、被害者に責任を転嫁する声が後を絶たない。

 性暴力被害者が沈黙する理由が、ここにある。

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 来沖したインドの作家ウルワシ・ブタリアさんは、「被害者の落ち度を問うのは全くの理解不足」と話す。

 セクハラや性暴力は、上司と部下、教師と生徒、大人と子ども、面接官と求職者、兵士と市民など、権力・腕力の明らかな不均衡の下で起きる。加害者と被害者には歴然とした力の差があり、ターゲットにされれば、防ぐことはとても難しいという。

 そのブタリアさんが「性被害者の支援を学びたい」と訪れた沖縄には、これまでにも、顔や名前を出し、または匿名で、米兵やあるいは身近な人からの性暴力を公表した人々が存在する。

 その結果、米兵による性犯罪の多発が県民の目に見えるようになり、他方では、県のワンストップ支援センター設立につながった。

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 「#Me Too」に代表されるような被害者の証言は、セクハラや性暴力がはびこる社会を変える力を持っている。端緒となった米国では、複数の議員が辞任に追い込まれたほか、米議会の「説明責任法」が議員のセクハラを隠蔽(いんぺい)しかねないとして法改正する動きも出てきた。

 日本はどうか。今年7月には、性犯罪を厳罰化する改正刑法が施行された。110年ぶりの大幅改正だが、被害者の抵抗の度合いで性暴力を認定する「暴行脅迫要件」が残るなど課題も多い。社会を変える第一歩として、尊い告発を支援したい。