振り返れば、不寛容という社会の空気に息苦しさが増した一年だった。

 息苦しさを象徴するかのように、「フェイクニュース」が今年の流行語の一つとなり、インターネット上には「ヘイトスピーチ」がはんらんした。

 言論がすさんでいる時代だからだろう。苦しみの中から絞り出された言葉、困難に立ち向かい紡がれた言葉が、心を揺さぶった。

 今年も本紙の十大ニュースのトップは、米軍がらみの事故やトラブルだ。

 米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校の運動場に米軍ヘリの窓が落下したのは今月13日。直前には緑ヶ丘保育園の屋根に米軍ヘリからとみられる部品が落ちた。

 事故後、緑ヶ丘保育園の父母会がまとめた嘆願書に、「子どもたちは、『ひこうきのおなかが見えるよ~』と言う」との一文がある。 

 無邪気な言葉が示す異常さに心が凍り付く。

 日常的に子どもたちの頭上を米軍機が飛び交うという不条理が、沖縄の歴史の中で続いていることが悔しくてたまらない。

 29日に開かれた抗議の市民大会で母親のひとりが声をつまらせ訴えた。「子どもたちに『もう大丈夫だよ、空からは雨しか降ってこないよ』と言えるように」

 小さな島の中で、住宅地に接近する飛行場や演習場の運用にはもともと無理がある。基地との強いられた共存が、子どもの命と安全を脅かしているのだ。

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 沖縄の戦後史は米軍関係者の事件事故の繰り返しの歴史でもある。

 昨年、うるま市でウオーキング中の20歳の女性の命が奪われた事件は、県民に大きな衝撃を与えた。殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた元米海兵隊員の男の裁判員裁判が、1年半が過ぎた11月、那覇地裁であった。

 ナイフで胸をえぐられるような痛みが走ったのは、被害者の母親の陳述だ。

 「(娘は)想像しがたい恐怖におびえ、痛み、苦しみの中でこの世を去りました。悔やみます。悔しいです。悲しすぎます」「私の心は地獄の中で生きています」

 一人娘を失った両親の悲しみを想像することはたぶんできない。しかし「もしかしたら、自分だったかも」と想像し、被害者や遺族の痛みを共有しようとする人が増えたのは大きな変化である。

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 名護市辺野古の新基地建設は、護岸建設が始まるなど新たな段階に入った。政府は「工事が進めば県民は諦める」と考えているのだろう。

 だが先の衆院選では全国で自民党が圧勝する中、沖縄は新基地に反対する「オール沖縄」が3勝1敗と勢力を維持した。

 この夏公開された、政治家、瀬長亀次郎氏の記録映画に人々が列をなしたのは、辺野古の反対運動と重ね合わせたからではないか。米軍と闘った「抵抗の人」は、こんな言葉を残している。

 「民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値は0に等しい」