プロ野球中日、阪神、楽天の元監督、星野仙一さんの死去が分かった6日、3球団の沖縄県内キャンプ地でも悼む声が上がった。

美ら島沖縄大使としてプロ野球キャンプ関連イベントに出席した星野仙一さん(中央)=2009年1月26日、那覇市・県民広場

 20年以上、中日のキャンプ先である北谷町の野国昌春町長は、星野さんが積極的に住民と交流する姿が印象深いという。「楽天監督になっても北谷球場に来て『中日をよろしく』と言っていた」と義理堅い人柄をしのんだ。

 阪神は2003年、星野さんが監督の時に宜野座村でキャンプを始めた。当時の村長、浦崎康克さん(74)は「野球や選手には厳しいと聞いたが、普段は明るく気さくな人格者。いただいた球団ジャケットは着ないで置いてある」と語る。

 11年、楽天監督になって初めての久米島キャンプ初日、星野さんは宿に歩いて戻ろうとして道に迷った。「どこに行くんですか?」と声を掛け、案内した当時久米島小6年の野球少年が3人いた。

 そのうちの1人、喜友村佑貴さん(19)は「4、5キロ歩くうちに星野さんを見つけた新聞記者が話を聞きに来ても『この子らが助けてくれた』と、ずっと話題を振ってくれた。勝ち気そうな関西弁の中に気配りを感じた」と思い出す。「訃報には島の人たちも悲しんでいる」と話した。