安全保障関連法はあす30日公布されるが、法律は成立しても、廃案を求める法律専門家や市民の声は、いっこうに収まる気配がない。収まらないどころか、政権にとって「不都合な事実」も明らかになった。

 憲法9条の解釈変更をめぐり、内閣法制局が、内部検討の経緯を示した資料を公文書として残していなかったというのである。

 歴代政権は、内閣法制局の判断に基づいて、集団的自衛権の行使は憲法上許されない、という解釈を一貫して堅持してきた。安倍晋三首相はこの憲法解釈を変更するため人事権を行使し、行使容認派の外務官僚・小松一郎氏(故人)を慣例に反して法制局長官に任命した。

 国家安全保障局が閣議決定前日の昨年6月30日、憲法解釈変更の原案を法制局に送付したところ、翌7月1日には「意見はない」との回答があったという。政府は同日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。

 これほど重大な解釈の変更が、たった1日の審査で済むわけがない。官邸と法制局の間で何があったのか。法制局内部でどのような議論があったのか。なぜ、「ノー」が「イエス」に変わったのか。かつて「ノー」と言い続けてきたことは全部間違いだった、とでもいうのか。

 検討過程を詳細に記した公文書が残っていないとすれば、政策の決定過程を事後検証することができない。これは国民への説明責任を放棄したのに等しい。事実だとすれば、ことは重大だ。

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 法制局長官の首をすげ替え、局内部の検討過程を記した公文書も残さずに、一内閣の独断で憲法解釈を変更する。

 既存の10本の法律の改正案を1本に束ねて国会に提出するという、あまりにも乱暴なやり方。国会に法案を提出する前に安倍首相自ら米議会で「夏までに成立させる」と約束するという、甚だしい国会無視。元最高裁長官や元内閣法制局長官を含む圧倒的多数の法律家が「違憲」だと指摘する法案を、国会の手続きも無視して強行採決する、という専制的手法。

 報道各社の世論調査で、反対が賛成を大きく上回る状況が続き、成立直後の共同通信の世論調査でも、反対が53・0%と過半数を超え、「国会での審議が尽くされたとは思わない」との回答が79・0%に達したのである。

 法成立後も街頭デモや抗議集会などが絶えないのは、こうしたもろもろの事実に対する危機感からである。

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 一連の市民の抗議行動は、野党再編を促し、来年の参院選の選挙協力を加速させるだろう。「勝手に決めるな」という若者たちの訴えは、「参院選で結果を示そう」という主張となって全国に広がっている。違憲訴訟を模索する動きも活発だ。

 法律は通ってもこの法律に関しては「仕方ないですね」とこのまま引き下がるわけにはいかない-多くの市民がそう感じているのである。

 日本の民主主義は転機を迎えている。