青葉のキセキ-次代を歩む人たちへ-

テレビで見たマイク・タイソン 「少年院上がりでも道が開けるんだ」

2018年1月17日 06:22

青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ−(2)第1部 立ち直り 健太、新たな一歩(中)

プロテストに合格し、ライセンスを手にする仲里健太(左)と、恩師の喜久川洋=12月9日、豊見城市真玉橋・平仲ボクシングスクールジム

 「自分の弱さに目を背け、悪さばかり繰り返してきた。多くの人を裏切り、多くの悲しみをもたらした…」。原稿用紙5枚に書きつづった思い。2015年夏、2度目の少年院生活を送っていた19歳の仲里健太(21)は院生や教官らを前に、壇上で祖母や恩師への謝罪と感謝を口にした。「こんな自分でも、期待してくれている人がいる。今度こそは変わろう」。決意は揺るぎなかった。

 15歳で入った1度目の少年院では法務教官に反発し、投げやりな日々を過ごした。4カ月延びた末の出院日でさえ、「暴走をやり残した。また戻ってくる」と宣言。道交法違反などの非行を重ね、18歳で再び少年院に入っていた。

 祖母(74)は面会の度に泣いた。小中学生の時、一緒に野球をしていた同級生が甲子園で活躍していることも塀の中で知った。「申し訳なさと悔しさと…。このままではダメだ」

 院内にある本を読みあさる。幼い頃から読書などしたことはなかったが、まずは絵が付いている本から手に取り、分からない言葉や漢字を辞典で一つ一つ調べて覚えた。珠算初段も取得し、小学生の時に版画で取って以来の賞状をもらった。

 ある日、院内唯一の楽しみのテレビ観賞で、不良少年からプロボクシング世界ヘビー級王者になったマイク・タイソンの番組を見た。「少年院上がりでも道が開けるんだ」と、ボクシングへの興味が急激に高まる。翌日から、時間があれば院内のグラウンドをひたすら走った。

 3メートルほどある高い塀の外に出たのは15年11月。空を見上げて「プロボクサーになる」と改めて誓い、その足で恩師の喜久川洋(50)が教頭をしていた中学校に向かった。喜久川からもらった手紙への返事と、感謝の気持ちを直接伝えたかったからだ。

 〈2度目の「時間」は、自分自身の今までの行動を反省するための時間で、君の人生にとって必要だったということ〉〈人生には何を行うにしても、それぞれ「時機」がある。今、君は立ち直る時機。人は絶対に変われる〉〈人のためになる大人を目指してほしい。一緒に頑張りませんか?〉

 手紙には、相田みつをの詩「つまづいたおかげで」が同封されていた。

 正門前での2人の立ち話は、互いに昼食も忘れて4時間余。仲里のあふれ出る話は止まらなかった。

 うなずきながら話を聞いていた喜久川は、今まで見たことのない真剣な表情を見て確信する。「健太なら大丈夫」。そして、ボクシング王国沖縄を築いた金城眞吉の顔を思い浮かべていた。=敬称略(社会部・吉川毅)

健太、新たな一歩(下)に続く

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