ヴィクトリア・大城・西内さん(61)西内光雄さん(67)

 ハワイ生まれの沖縄県系3世のヴィクトリア・大城・西内さん(61)は、生後3カ月で渡った米国ロサンゼルスの郊外で育った。北米沖縄県人会に関わるようになったのは30歳を過ぎてからだったが、母親が琉球舞踊に携わっていたため、幼い頃から沖縄の県人会にはなじみがあったと振り返る。

北米沖縄県人会館でヴィクトリアさん(左)と光雄さん夫妻

 「父も母もハワイの沖縄コミュニティーの出身だったので、私も沖縄特有の文化や習慣には親しみを持っていた。特に私が沖縄の象徴だと思うのは、何世代にもわたる大家族主義だ」

 その大家族主義の素晴らしさを実感した出来事が起こった。沖縄に残る親戚とつながりたいという思いで、大昔の親戚の住所に手紙を出したところ、そこに今も大城家の人々が住んでいることが分かったのだ。

 手紙を出したのは2016年1月。手紙を受け取ってもらえるのか期待薄だったヴィクトリアさんの元に、親戚からの返事が届いた。

 その年、世界ウチナーンチュ大会に夫の西内光雄さん(67)と参加した際には、南城市玉城にある大城家の墓を訪ねた。そして、大勢の親戚が2人を歓迎する宴会を開いてくれた。さらに、沖縄県の企画で県内の高校を訪問し、米国のウチナーンチュの活動について生徒たちに英語で紹介した。ヴィクトリアさんにとって、その年の沖縄訪問は自分のルーツを確認できた貴重な機会となった。

 ヴィクトリアさんの本職はソフトウエアの技術マネジャー。仕事を通じて、精密機械の技師である光雄さんと知り合った。結婚生活は25年になる。光雄さんは福島県の出身だが、ヴィクトリアさんと共に北米沖縄県人会の活動に積極的に関わっている。「沖縄の人はフレンドリーで感情表現が豊かだ。感情表現が得意でない東北の人間として、私には沖縄の人たちが新鮮に映った。今ではウチナーグチクラスも受講し、三線にも取り組み始めた」と光雄さん。ヴィクトリアさんをきっかけに、人間関係と趣味の世界が広がっているようだ。

 最後に、沖縄の親戚に向け、ヴィクトリアさんにメッセージを聞くと「また2、3年内に皆さんに会いに沖縄へ行きたい。待っていてほしい」と、満面の笑みで語った。(福田恵子 ロサンゼルス通信員)