海人文化の継承を考える「糸満帆掛サバニ振興会」はこのほど、島根県松江市の美保神社を訪れ、島根県有形民俗文化財で80年以上前に造られたサバニを調べた。エンジンが付く前の形を残しており、同会長でサバニ大工の大城清さん(67)は「戦前のサバニが絶滅状態にある沖縄から見ても貴重な情報の宝庫」と話した。(南部報道部・堀川幸太郎)

島根県有形民俗文化財となったサバニを現地調査する糸満帆掛サバニ振興会。訪問客へのサバニの説明も好評だったという=昨年11月、松江市の美保神社(糸満帆掛サバニ振興会提供)

島根県文化財サバニの船尾部分。年輪の入った木が見える。調査に当たったサバニ職人の大城清さんは「丸木舟時代の名残ではないか」とみる(糸満帆掛サバニ振興会提供)

大城清さん

島根県有形民俗文化財となったサバニを現地調査する糸満帆掛サバニ振興会。訪問客へのサバニの説明も好評だったという=昨年11月、松江市の美保神社(糸満帆掛サバニ振興会提供) 島根県文化財サバニの船尾部分。年輪の入った木が見える。調査に当たったサバニ職人の大城清さんは「丸木舟時代の名残ではないか」とみる(糸満帆掛サバニ振興会提供) 大城清さん

 島根県文化財調査報告書によると1937~40年の約4年間、島根の網元に雇われた糸満漁師十数人が隠岐島一帯で追い込み網漁をした。その後、サバニを網元に譲って帰郷。2隻あったようだが、1隻の行方は分からない。

 美保神社によると神話で漁を始めた「事代主神(ことしろぬしのかみ)」(えびす様)を祭ることから、網元の家が代替わりに伴って61年にサバニを寄贈した。66年に櫂(かい)17本、浮具20本とともに島根県文化財となった。

 糸満帆掛サバニ振興会は昨年11月、現地で全長7・8メートル、最大幅125センチ、同高さ99センチの実物を調査。舟の背が高く、幅広く、横から見て船の反りが少ないことから4、5人乗りの追い込み網漁用「アギヤー舟」とみられる。

 舟は、くぎや接着剤を使わず、サメの脂と木組みで水漏れを防いでいた。床板を載せる、せり出し部は手間は掛かるが丈夫な削り出し。舟底は流線形で真っ平らな部分はない。戦後に重いエンジンを付ける分の浮力を稼いだ平底とは違う。

 サバニ大工になって約50年の大城さんは「風や人の力だけで漁を営む工夫が形になっている。すごい腕前」と感嘆する。「糸満漁師のために沖縄一の漁師町・糸満で造ったと考えるのが普通だ」と舟は糸満産だとみる。

 もう一つ特徴的なのは、船尾に使った板材だ。木を輪切り状に使い、後ろから年輪が見える。板を組み合わせるサバニの前身は、丸太をくりぬく丸木舟。年輪が浮かぶ板を使うのは、丸木舟のころの名残と考えることもできる。

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 サバニは糸満の暮らしを支え、独特の海人文化を形成してきた。糸満帆掛サバニ振興会は美保神社所蔵品も含め、図面のデジタル化などを進める。昨年12月には市に対し、サバニを中心にミーカガン(水中眼鏡)など、多様な漁具を市文化財とするように要望した。上原昭市長は「市としても前向きに取り組みたい」と応じた。