人間の心にある醜さや弱さを見せつけられた気がした。カヌー国内トップの鈴木康大選手が東京五輪を競うライバル、小松正治選手の飲み物に禁止薬物を混入させるというショッキングな事件が起きた

▼「実力がないのにもかかわらず、努力することを怠り、アスリートまた社会人としてあるまじき行為をした」とつづられた謝罪文。競争相手をおとしめることで、自分を浮上させようとしたのだろう

▼ふだんはまじめで礼儀正しいという選手を暴走させたのは、勝ち続けることへの重圧や夢の舞台への執着、若手に追い抜かれる焦りか

▼今回の事件は鈴木選手の自白で明らかになった。“えん罪”により暫定的資格停止処分を受けた小松選手が真っ先に相談したのが、憧れていた先輩の鈴木選手。「小松をこのままにしておけない」と犯行を告白し、小松選手の身の潔白が証明されたのは、最悪の事件の一筋の光だろう

▼事件を聞いて思い出したのが夏目漱石の代表作「こころ」だ。1人の女性を巡って、親友を出し抜き、死に追いやった男の苦悩が描かれる。作品の核となる長い遺書につづられるのは自分を信頼していた友を裏切った深い自責と後悔

▼他人を陥れれば、結局、良心の呵責(かしゃく)に耐えきれず自滅する。自分がしたことは、誰が見ていなくても自分が一番よく知っているのだから。(高崎園子)