本書は、日本屈指の吹奏楽指導者・屋比久勲への数年間に及ぶ取材を通して、高校から大学へと教育の舞台を移した彼の新たなる挑戦を描いたものである。構成は第1章「福岡太宰府に九州情報大学吹奏楽部が誕生」、第2章「音楽教師 屋比久をもたらしたもの」、第3章「屋比久流の教育方針とその実り」、第4章「屋比久の音楽づくり」、第5章「九州情報大学の挑戦と実り」、第6章「屋比久と大学教育 その意味」だ。

スタイルノート・2160円

 第2章では恩師の渡久地政一をはじめ、世界的マエストロの朝比奈隆や小澤征爾との出会いにも触れる。本書最大のメッセージは指導者の人間力が良き人間を育み、良き人間によって良き音楽が育まれるということだ。

 本書を貫くライトモチーフは何と言っても滲(にじ)み出るような屋比久の人となり(怒らない、辛抱強く見守る、相手を思いやる、いつでも自然体)に他ならない。著者によれば、その人となりゆえに、出しゃばることのない、あの包み込むような美しく味わい深い音楽づくりを成しうるのだという。

 評者は、屋比久の実践が「全体性(社会性)」を育むうえで「個」を教育していることに気づいた。そのことは当然ながら音楽づくりにも透徹される。音楽の全体像が美しく鳴り響くためには、各奏者がお互いのパートを引き立てることが大事であり、そのためには個々の奏者が適宜何をすれば良いのか…を考えられるようになること。それこそが吹奏楽指導における屋比久流のツボなのだ。

 その意味で本書は、「個人」を重視した戦後日本の風潮にあって、「個人」はあくまでも社会の中の一員であることをいま一度、読み手に痛感させよう。そして屋比久と彼を取り巻く環境の全てに対して、著者は次第に愛着を覚えていく。読者も読み進めながら、その熱っぽさを感じるだろう。ミイラトリガミイラニナラナイように徹することは、モノ書き本来の姿勢である。だが本書の新鮮さ、そして屋比久の真骨頂はまさにそこにある。(三島わかな・音楽研究者)

 【やまざき・まさひこ】1957年長野県生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽研究科修了。同大講師。小学1年生から大学生まですべての学年で教育経験があり、幼児教育現場で指導アドバイザー。2006年から全国各地で音楽鑑賞指導で講演

吹奏楽の神様 屋比久勲を見つめて 〜叱らぬ先生の出会いと軌跡
山﨑 正彦
スタイルノート (2017-09-21)
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