焼き物を熟知し、壺屋を牽引(けんいん)してきた人の突然の訃報で何と言っていいか分からない。早くから沖展に出品し、会員になったのも1977年と早かった。お父さん(「壺屋3人男」と呼ばれた新垣栄三郎氏)の仕事を引き継ぎ、線彫りの技法を使い、得意の赤絵をやられていた。