【小橋川慧通信員】トロント日系文化会館主催で第53回「一世の日」が4日、同会館小林ホールで開催され、約400人の70歳以上の日系人が招待された。日系社会の基礎をカナダに築いた1世の功績をたたえるのを目的で始まった祝会は、今では70歳以上の2世も招かれる。トロント沖縄県人会の副会長を務めて11年目のムツノリ・カナシロ(通称ノリ)さんもブランチ夫人と出席して、旧友との久しぶりの懇談を楽しんだ。

「沖縄育ち」を踊るもみじシニア・ダンサーたち=トロント日系文化会館・小林ホール

ノリさん(右)とブランチ・カナシロ夫人

「沖縄育ち」を踊るもみじシニア・ダンサーたち=トロント日系文化会館・小林ホール ノリさん(右)とブランチ・カナシロ夫人

 ノリさんの父睦仁さんと母オトさんは読谷村出身。1941年、日本軍が真珠湾を攻撃した時、睦仁さんはカナダ西部の製紙工場で働いていた。開戦と同時に敵国人とされた日系人に、西部沿岸地域からの強制移動命令が出た。当時7歳のノリさんは家族と一緒に、アルバータ州南部の砂糖大根農場へと送られた。

 春から秋にかけての農場での仕事は全て手作業で骨が折れた。冬になると睦仁さんは厳寒の中、森林で伐採作業に従事する厳しい生活を十数年強いられた。カナシロ家の歴史は当時の日系人家族の典型といえる。一方、アルバータ州南部には沖縄からの移民が多く困ったときは助け合った。野球チームをつくった楽しい思い出もあるという。

 睦仁さんは子どもらの教育のことを考え、60年にレスブリッジ市に居を移した。ノリさんは56年に州立工業専門学校、64年に聖書神学校を卒業。この年に、ブランチ夫人(父親は滋賀県出身)と結婚して「日系人キリスト教宣教団体」の宣教師となり、カルガリー市を中心に福音教会の青年部の指導を担当する。

 88年にノリさんがトロントに移ったのは都内の日系福音教会を支援するためだった。また、都内の日系シニアを対象にした養護施設もみじ・シニア・センターの事務局長として定年退職する2000年まで務め、日系人福祉への貢献も大きい。レスブリッジ市で最近行われた沖縄県人カナダ移民115周年式典のキリスト教的部分はノリさんが企画した。ブランチ夫人との間に2男2女がおり、孫も6人いる。

 式典は、故人をしのぶ黙とうで始まり、90歳以上のトロント在71人の名前が読み上げられ、招待客代表の謝辞で締めくくった。

 演芸の部はボランティアのメンバーが準備した「折り詰め」が配られスタート。歌謡曲や舞踊、文化会館理事たちの合唱などを楽しみ、最後に全員手をつないで「蛍の光」を歌って「来年もまた会いましょう」と閉会した。日本領事館から、90歳以上の参加者には日本酒、80~89歳には文化会館から煎茶の贈呈があった。