那覇地裁の元裁判長で元琉大教授の稲葉耶季(いなば・やすえ)さんが14日午後4時54分、宜野湾市内の病院で死去した。75歳だった。東京都生まれ。お別れ会は18日に那覇市内で親しい友人や家族で行われた。1993年4月から97年3月末まで那覇地裁民事部の裁判長を務めた。95年には、自衛隊の対潜水艦作戦センター庁舎(那覇市)の建築資料の開示に関する裁判で、那覇市が情報開示することを認め、非開示を求めた国の敗訴の判決を出した。

稲葉耶季さん

 67年、東京大学経済学部を卒業。都庁勤務を経て74年司法試験に合格。99年に退官し、琉球大学法文学部教授、2004年には同大大学院の教授も歴任し、06年から12年まで那覇や名護の簡裁判事を務めた。

 私生活では貧困の子どもたちを支援しようと北インドで「ヒマラヤ稲葉学校」を私費で建設・運営。県内でも不登校の学生らを支援するなど、教育にも尽力した。