施政権返還前の琉球警察時代から刑事畑一筋に歩いた稲嶺勇さん(74)=沖縄市。幼少時から慣れ親しんだしまくとぅばが、事件捜査で、重要な手掛かりとなることもあったという。警察内部の隠語にも、しまくとぅばが用いられた時期もあったという。長年の激務を支えたのはしまくとぅばによる座右の銘。人生の機微を伝える言葉だからこそ、共通語一辺倒の若い警察官にも、学んでほしいと期待する。(社会部・嘉良謙太朗)

言葉には「事件解決のヒント」があると話す稲嶺勇さん=16日、沖縄タイムス中部支社

琉球警察時代の稲嶺勇さん

言葉には「事件解決のヒント」があると話す稲嶺勇さん=16日、沖縄タイムス中部支社 琉球警察時代の稲嶺勇さん

とっさに指示「かちみれー」

 稲嶺さんは、生まれも育ちも沖縄市。両親がしまくとぅばを使ったため、自然と身に付いた。刑事を目指したのは高校時代。偶然にも、女性殺害・死体遺棄事件の第2発見者となった時、事件解決に向けて懸命に捜査に当たる刑事の姿に憧れた。

 1962年、琉球警察に入り、42年間の警察官人生のほとんどが刑事畑だ。70年のコザ騒動や、90年の暴力団抗争の捜査に注力した。2001年から3年間、県警刑事部長を務めた。経験を後輩に伝えたいと『片すみに咲く花 シーサー刑事のクサムニー』もまとめた。

 捜査で、言葉は重要な証拠や手掛かりとなる。暴力団関係の捜査では、しまくとぅばが必要となるという。稲嶺さんは「刑事が理解できなければ、事件解決のきっかけを逃してしまうかもしれない」と懸念する。自身、しまくとぅばが捜査に役立った経験を持つ。

 1995年、本島中部の事件。現場を指揮した稲嶺さんは、刑事の一人がしまくとぅばを話せたため、「事件解決の糸口となった」と振り返る。

 家宅捜索時。一人の捜査員が容疑者に声を掛けた。「上着を脱ぎなさい」。それまで共通語だった容疑者は急に声を荒らげ、しまくとぅばで怒鳴った。「うぬひーや、くぬ上着や、着ちぇー ねーらんむん(あの日、この上着は着けていない)」。

 「かちみれー(逮捕しろ)」。稲嶺さんは、とっさに部下に指示した。事件発生日を暗に指す「ウヌヒーヤ」。そのしまくとぅばを、聞き逃さなかったことが、逮捕に結び付いた。

 座右の銘はしまくとぅばの「仕事(しぐとぅ)美(ちゅら)さ、遊(あす)び美(ちゅら)さ、酒(さき)飲(ぬ)み美(ちゅら)さ」(品位を持って仕事すること、品位のあるところで遊ぶこと。酒に溺れないこと)

 警察学校では、月に1回講師を招き、しまくとぅばの講座を開く。「若い刑事にも、もっとしまくとぅばを勉強してほしいね」と期待する。