主催者発表で約8万5千人が集まった1995年の「米軍人による暴行事件に抗議し、地位協定の見直しを求める県民総決起大会」から、21日で20年を迎えた。超党派で開かれた大会の規模は日米両政府に衝撃を与え、翌96年の普天間飛行場返還合意へとつながった。

1995年「米軍人による暴行事件に抗議し、地位協定の見直しを求める県民総決起大会」

 ただ、大会が求めた日米地位協定の抜本的な改定は、一部の運用改善や補足協定の締結などにとどまり、20年たっても実現していない。

 大会では米軍基地の整理・縮小も決議されたが、現在も在日米軍専用施設の73・8%が沖縄に集中しており、過重負担が続いている。

 一方、95年の大会をきっかけに、県民が大規模な大会を開いて政府に意思表示する潮流ができた。

 2007年9月29日に開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」には主催者発表で11万6千人が結集するなど、県民運動に先鞭(せんべん)をつけた。

 大会などで示された民意を受け、1996年に橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使が普天間返還に合意した。

 ただ、名護市辺野古に代替施設を建設する方針に県民の反発は強く、建設工事には至っていない。