26日死去した野中広務氏は自民党幹部や閣僚として、沖縄振興と基地問題に奔走した。普天間飛行場返還を決めた橋本内閣時代の党幹事長代理であり、その後に名護市辺野古沖への移設計画にも深く関わった。小渕内閣で官房長官兼沖縄開発庁長官を務め、政府の沖縄関係政策を仕切った。