■第1部 起業家たち リンクアンドビジブル(上)

メンバーと意見を交わす豊里代表(手前左)=沖縄市中央

 沖縄市中央の一番街商店街。昔ながらの洋服店や飲食店が立ち並ぶ一角に昨年11月、ITベンチャーが居を構えた。空き店舗に借りてきた机やいすを運び込み、社員の人数分のパソコンが4台。手作りの事務所は簡素だが、ここが巨大なアジア市場を目指す拠点になる。

 企業名は「Link and Visible(リンクアンドビジブル)」。沖縄市出身の豊里健一郎氏(29)が立ち上げ、代表を務めるシステム開発会社だ。

 1988年生まれの豊里代表は、両親の勧めで、日本青少年育成協会の制度を使い、高校から中国に留学。中国の大学を卒業後、広東省深〓市(注=〓はへんが「土」でつくりが「川」)にある日系物流大手に就職し、中国で15年間過ごしてきた経歴を持つ。現地法人ではIT部門の責任者として、中国人スタッフ20人以上をまとめてきた。

 豊里代表は「国が発展し、日に日に生活や社会環境が良くなっていくのを目の当たりにしてきた。とても貴重な体験ができた」と振り返る。

 日本とは対照的に大きな伸びで経済成長を続ける中国。2010年には日本を抜いて国内総生産(GDP)で世界2位となり、世界市場をも席巻するようなベンチャー企業も次々と生まれている。「この市場はチャンスがある」。豊里代表は起業を決意し、昨年6月末に日系企業を退職した。

 ところが、中国とアジア諸国でのビジネス展開の拠点に選んだのは、なぜか沖縄市。アジアの主要都市でもなく、県内でも企業や行政機関が集まる那覇市やその近郊でもない。豊里代表は「久しぶりに帰ってきたら、スタートアップカフェコザやおしゃれな店があって、おもしろいと思った」と笑う。

 スタートアップカフェコザには、県内外から起業を目指す若者やIT技術者が集い、行政や金融機関とタイアップした起業支援の体制も整っている。「同じ志を持った仲間と意見を交わせ刺激になる。起業のノウハウを教えてもらったことで、短期間で会社を設立できた」と利点を説く。

 LCC路線の拡充でアジアとの距離が近くなったことも大きい。リンクアンドビジブルの共同創業者で山西省出身の杜欣(ドゥシン)氏(37)は「今後はアジアに複数の拠点を置く考えで、アジアの中心にある沖縄は効率がいい」と話す。

 同社は5年以内にアジアに5拠点を設ける計画で、国籍を問わず優秀な人材を集める方針。豊里代表は「多様な文化を受け入れられる沖縄市なら、新しいメンバーもなじみやすいはずだ」と期待する。

 「メリットはたくさんある。ローカルからグローバルを目指すって、かっこよくないですか」。若者たちの挑戦が、商店街から始まった。(政経部・照屋剛志)