多良間島出身の来間トミさん(92)=豊見城市=は、多良間フツ(言葉)を話し、郷友会や祭りでひっぱりだこだ。2016年の「第23回鳴りとぅゆんみや~く方言大会」で最優秀賞に入賞。その後、2年間で大小10近い舞台に、次男玄次さん(66)とともに立つ。トミさんの話は、台風被害や干ばつで故郷を離れざるを得なかった人々に、多良間の文化や生活をユーモラスに伝える。「足腰が立つ間は頑張るよ」。90歳を超えて立つ舞台で、生き生きと活躍するトミさん。人々はその姿に魅了される。(編集委員・謝花直美)

あしゃ★のコツを身振りで再現する来間トミさん〈左)と見守る息子の玄次さん=豊見城市

多良間言葉で潮干狩りの様子を寸劇で披露し、「第23回鳴りとぅゆんみや~く方言大会」の最優秀賞に選ばれた来間トミさん=2016年6月

あしゃ★のコツを身振りで再現する来間トミさん〈左)と見守る息子の玄次さん=豊見城市
多良間言葉で潮干狩りの様子を寸劇で披露し、「第23回鳴りとぅゆんみや~く方言大会」の最優秀賞に選ばれた来間トミさん=2016年6月

 多良間の昔話を知るトミさんは、2016年、宮古文化協会の知り合いから、方言大会への出場を打診された。発表したのは短気をいさめる教訓話「嶺間按司(みにまあず)ガナス」と、昔の潮干狩りの様子を再現した「かながいぬあしゃ★ぬ話す」の二つだ。

 きゅうや しゅーぬぴー★ば たーたーうぷんまとぅ

 (今日は 潮が引いているので ターター伯母と)

 たかびしにーんけー あしゃ★すが いかなぁ

(高干瀬に上がって 潮干狩りに行こう)

 あがい! うまぬあなんかどぅ フフビぬぶ★

(あれまー ここの〈サンゴ礁の割れ目の〉穴の中に カワハギがいるよ)

 トミさんは「20代の時、たーたーうぷんまといつも潮干狩りに行き、フフビ(カワハギ)や、ニバッル(ハタ)を採った時の話。フフビには角があって、こつがあるよ」と身ぶりで教えてくれた。フフビを捕まえるのが、苦手な「たーたーうぷんま」を次男玄次さんが演じ、トミさんが即興で掛け合いをして、観客を笑わせる。玄次さんは「脚本もないし、打ち合わせはなし。母の展開に合わせている」と苦笑いする。

 方言大会で最優秀賞に入賞、八重山や沖縄本島の郷友の集まり、公演「多良間島の謡と踊り」から地域の桜祭りの芸能大会など、これまで、大小10近くの舞台に出演してきた。

 1950年代、台風と干ばつによって、多良間島からは多くの人々が村を後にして、沖縄本島へ出た。トミさんは、子どもたちを高校に進学させるため、大工の夫とともに、那覇市与儀に移り住んだ。トミさんも工事現場で労務作業、さらに家政婦をしながら、在宅介護の資格を取り、77歳まで働いた。

 舞台で披露する二つの演目には、多良間島での生活の思い出がつまっている。

 嶺間按司の話はトミさんの父親、来間玄信さんから聞かされたたくさんの話の一つだ。「父は明治生まれで、格言や多良間の話をたくさん聴かせてくれた。3人姉妹の長女だった私は、長男のように父と畑をしたり一緒に働いたよ」と話す。

 観客が大笑いするあしゃ★(潮干狩り)。玄次さんは幼いころ、トミさんと一緒に畑に行った。石を積んだかまどに鍋をかけ、ちょうど湯が沸くころ。トミさんが、40~50センチのアイゴなど魚介をスミディル(ザル)に詰めて帰ってきた。玄次さんは「海は冷蔵庫みたいなものだった」と懐かしむ。トミさんも「多良間では、畑にはみそだけ持っていった」と笑う。

 子どもたちや近所の子も集め、皆で魚や貝を、煮たり焼いたりして、分け合って食べた。トミさんは「子どもたちをみんな喜ばせたいから。楽しいよ。楽しみじゃないと、こんな仕事はできないね」

 ユーモアを交え演じるあしゃ★の話は、懐かしい多良間の生活が重ねられている。90歳を過ぎて舞台で活躍を始めたトミさん。「足腰が立つ間は頑張るよ」と張り切る。

【編注】★は「り」に「゜」