[我ら“うちなーんちゅ”米ロス発] 島美恵子さん

 北米沖縄県人会で過去に婦人部長と芸能部長を務め、現在も理事として活動する島美恵子さん(73)=那覇市出身=が渡米したのは1971年。

北米沖縄県人会の理事として活躍する島美恵子さん=ガーデナ市の県人会館

 すでにアメリカで暮らしていた幼なじみが沖縄に帰省した時に再会した。「それが今の主人。彼と結婚することになり、公務員を退職し、アメリカに渡った」

 育児の傍ら、30年以上前から琉球舞踊に打ち込んできた。「宮城流の能松先生の公演が開催されたときに、子どもたちの踊り手が必要だということで、うちの娘たちとその友達が出演することになった。それをきっかけに、私自身も幼い頃に沖縄で習っていた踊りの血が騒ぎ始めた」

◆輝く瞳、好奇心つきず

 そして、踊りを始めたルーツに戻り、玉城流冠千会与那嶺恵子琉舞道場に入門した。

 踊りの喜びを聞くと、美恵子さんは「その曲の世界に入り込んで体を動かすと、何とも言えない郷愁が湧き上がってくるところ」と答えた。踊りの再開は子どもたちがきっかけだったが、結果的に今も続けているのは美恵子さんだけになったそうだ。

 子どもたちが成長した今、県系4世の男性が経営する会社で事務の仕事に携わっている。仕事に、県人会の活動にと多忙な日々を過ごしているため、沖縄には7、8年帰っていない。

 次に帰省したら何をしたいかを聞くと「まず最初は友達に会いたい。それから街巡り」と回答。インターネットで沖縄の新しい名所や人気の店を見るのが楽しみと言い「糸満市にそばの手作り教室があると知れば次回、沖縄に帰ったら訪ねてみたいと思うし、新鮮な魚介を調理してもらえるレストランの情報を入手すれば、そこにも行きたくなる」と語る。

 「今の時代はインターネットが故郷の今を教えてくれる」とその目の輝きから、好奇心の旺盛さが伝わってきた。(福田恵子)