フォトネシア沖縄で講師を務める写真家の石川直樹さんと石川竜一さんの対談は、撮影する自己の内面に及んだ。

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 直樹 竜一君は先輩たちに囲まれているが、今回は講師で加わる。教えることに片足を踏み込むことになるが、何を伝えたい?

 竜一 僕と同じ東松照明さんのデジタルワークショップ3期生の卒業生はがっつり手伝っているけれど、僕は怠け者というかやって来なかった方なんで、こういう感じで参加するのはちょっと恥ずかしい。

 伝える。難しいですね。自分がやってきたことしか話せない。好きなことを一生懸命やる、行動するっていうことには一つの覚悟が必要。形じゃなく、どういうものを撮ったら認められるか、ということでもない。本当に好きなことをちゃんとできるだけの素直さと気持ちが大切、ということじゃないでしょうか。

■「なぜ撮るか」

 直樹 好きこそものの上手なれ。「何を撮るか」ではなく、「なぜ撮るか」が俺は重要だと思う。この人に引かれた、この風景にビビッと来た、というように自分が反応したものを撮らなきゃ意味がない。竜一君は覚悟と言ったけど、量もたくさん撮るね。

 竜一 デジタルなので。たくさん撮れるからいいですね。

 直樹 たくさん撮れるというのは、たくさん反応していること。外部に向かって感覚を開いている。今の写真って内向きだったり、小手先だけの部分になったり、という人もたくさんいる。東京だと隣に住んでいる人も知らず、知らない人に話し掛けることがみんなできない。竜一君はすごいストレートで珍しく外に開いている写真家で、しかも邁進(まいしん)しているので目立つ。

 竜一 僕の場合は手が届く範囲なんです。友達とか自分との接点だったり。でも直樹さんは、といってもめちゃくちゃたくさん写真集出しているのでいまだに全部見られていませんが、とにかく外国から山の上まで飛んでいく。

 ポートレートも風景も建物もちゃんと撮られていて、ドキュメンタリーでジャーナリスティックな側面もあるが、情報としての写真でなくて、写真の美術というか、ザ・写真というか、きちんと撮っている。やっぱり直樹さん、いろんなこと知っているんだあ、とびっくりしました。ものすごく失礼ですけど(笑)。

■突進力と熱量

 直樹 それこそ「なぜ撮るか」だから。ヒマラヤや北極など珍しい場所のシリーズが目立つと思うが、結局驚きや体の反応で撮っている。

 竜一君はすごい突進力があって、目の前のものをダーッと全部スキャンするように撮っていく力がものすごくある。けれど、実は俺もそこは全然負けていない。

 ただ「手の届く範囲」という竜一君は沖縄というのがあってそれが良くも悪くも強みにも弱みにもなるかもしれない。俺の場合は正反対で、東京の初台生まれだが、故郷を感じない。根っこがない根無し草。そこが俺の弱みでもあり、強みでもあるかもしれない。

 テントがあって雨風しのげれば北極だろうが、那覇だろうが、ニューヨークだろうがホームという感覚がある。場所が派手だから、観賞者はそこに目が行きがちだけど、竜一君が手の届く範囲で撮っているのと同じ熱量で、山や北極を撮っている。今の話を聞いて、竜一君に何となく分かってもらえていると感じて、それは良かったなあと思う。

 竜一 悔しいなあという部分はめっちゃありますよ。

 直樹 でも竜一君、東京でサラリーマンを撮っているのをテレビで見たけれど、撮り方は変わっていないよね。

 竜一 僕の中で意志以外の必然性のようなものが必要な気がしています。自分から外に出て行く、というよりは、自分が想像していなかったことにどう反応できるのか、というのが一つ面白いこと。外に興味がないといっても、フランスに行ったのは想像もしないことが起きるから面白い。

 直樹 驚くというのは才能の一つ。驚くことで身体が反応し、撮れる。反応しちゃえば結局、どこへ行っても撮れるということになる。