農研機構・九州沖縄農業研究センターと古い甘藷(かんしょ)の収集と研究をする任意団体「沖縄いもづる会」(桐原成元会長)は71年前に栽培され戦後、県民の食生活を支え、現在は栽培が途絶えた甘藷「宮農7号」とみられる種芋を竹富町黒島で見つけた。つるの伸び方や葉脈の色が宮農7号の特徴と合致しており桐原会長は「ほぼ間違いない」とみる。同センターは、病害虫に強く収量が多い特徴を生かし、高品質な甘藷の復活と育成を目指す。

黒島で見つかった「宮農7号」とみられる甘藷。株分けされて鑑定作業が進む=(農研機構・九州沖縄農業研究センター提供)

 「宮農7号」は1947年に宮古民政府産業試験場で育成され肉色は黄色。収量が多いのが特徴で戦後の食糧難の中栽培され60~70年代に全県で普及したが、80年代に加工用品種が一気に普及し、市場から姿を消した。現在県内で生産される品種は紅イモ菓子などで利用される加工用の「ちゅら恋紅」「備瀬」「沖夢紫」が主流。焼き芋など県内で流通する加工用以外の甘藷は、県外産がほとんどを占める。

 県内では甘藷に関する資料・データがあまり蓄積されておらず、古い品種や自然交配品種は保存、研究が進んでいない。そのため収量や味、病害虫の強さなどそれぞれが持つ特性の分析は進んでいない。

 同センターなどは新品種開発に生かすため多様な品種を全県的に探している。10月に黒島で見つけた甘藷は現地で「みやななご」と呼ばれており「宮農7号が変化した呼び名ではないか」と推測している。黒島では聞き取り調査などを経て、民家の畑の一角で自生している1株を見つけた。現在は同センターで試験栽培され宮農7号が持つ「病害虫に強い」「収量が多い」「甘みが強い」といった特性を生かして付加価値の高い甘藷の開発につなげる。

 同センターの岡田吉弘上級研究員は「71年前に開発された甘藷が見つかるのは非常に珍しい。古い品種が残っているのは、害虫に強い、味がいいなど理由があるはず。多くの品種を集めて研究を進めたい」と話す。(政経部・久高愛)