沖縄空手

名声求めず鍛錬の道 スロベニア「喜舎場塾」【ミゲールの世界の沖縄空手事情】

2018年2月11日 21:00

 イタリアと国境を接する旧ユーゴスラビアの一国であった中央ヨーロッパのスロベニアは、1991年に独立した共和国である。

門下生と共に稽古に励むマウラー氏(中央)=Jane Stravs提供

スロベニア共和国の位置

門下生と共に稽古に励むマウラー氏(中央)=Jane Stravs提供 スロベニア共和国の位置

 この国の空手歴は60年代にさかのぼるという。67年にクルシュコ市に初めての空手道場が開設され、急速に国内に9道場がオープンし、約500人が空手を稽古することになった。69年に全国連盟が発足し、初の競技大会が開催された。組手で優勝を果たしたのは、同国の空手パイオニアの一人、レオン・カウザール氏。

 59年生まれのボルト・マウラー氏は10歳の時、いとこであったカウザール氏より松濤館を習い始めた。後に加瀬泰治氏の弟子でユーゴスラビアで指導していた徳久隆司氏に師事し、97年まで松濤館の普及にも携わった。

 94年に上地流の友人と共に沖縄を訪れたことが転機となった。棒術を習う希望を持っていたマウラー氏は、与那原町に松林流喜舎場塾を構える新里勝彦氏を紹介された。この出会いで、棒術より先に空手とその原理を改めて研究する必要があると感じ、弟子入りした。そこから、新たな空手の世界へ導かれた。

 「空手は固定されたものではない。常に手腕を磨き、武術において身体動作の原則への理解を向上させねばならない。固定された着想から解放し、稽古法を再評価するのも必要」と教えられ、研究を続けた。「新里先生の優しさと献身的な姿勢にも驚いた。最後までついていける師を見つけた」と確信したという。

 妻のマリナ・グリジニッチさんは有名な哲学者、芸術家でウィーン美術アカデミー教授。97年、グリジニッチさんが日本で研究するため、6歳の息子と共に家族で東京に一年間滞在した。マウラー氏はスロベニアに比べ近くなった沖縄を訪れ、稽古を重ねた。

 帰国後、忙しい妻を支えながら首都リュブリャナで道場を開設したが、「無償で与えられたものをお金で指導するものではない」と悟ったマウラー氏は、非営利目的の道場「喜舎場塾スロベニア」を誕生させた。現在、15人の弟子と共に、喜舎場塾創設者・故喜舎場朝啓氏の空手の研究に力を入れている。スペインのマドリードやドイツのケルンで空手指南も行っている。沖縄には、これまで16回も足を運んでいる。

 人口200万余の小さな国スロベニアでは現在、200道場で6千人が空手を稽古している。マウラー氏は名声を求めず、人生の生きがいである空手の稽古を日々楽しみ、地道に沖縄空手の道を歩んでいる。(ミゲール・ダルーズ 「沖縄空手通信」発行人)

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