11月5日は「津波防災の日」。2011年3月の東日本大震災で甚大な津波被害が出たことを受け、国は同年6月、「津波対策の推進に関する法律」を制定した。「津波防災-」もこの法律で定めた。津波から身を守るためには、高台の安全な場所へ素早く逃げることが鉄則だ。県内でも震災以降、一時避難場所となる「津波避難ビル」への意識が高まりつつある。各自治体の取り組みや津波から命を守るための情報を伝える。

2016年3月末までの完成に向け、工事が進む那覇市の津波避難ビル=5日、那覇市松山

津波避難ビルの完成予想図

「津波避難困難区域」にあるホテルや公共施設。高台やビルへの迅速な避難が課題に挙げられている=石垣市、サザンゲートブリッジから市街地を望む

避難訓練で津波一時避難施設の大型マンション「アルトゥーレ美浜」に向かう浜川小学校の児童ら=8月9日、北谷町宮城

2016年3月末までの完成に向け、工事が進む那覇市の津波避難ビル=5日、那覇市松山 津波避難ビルの完成予想図 「津波避難困難区域」にあるホテルや公共施設。高台やビルへの迅速な避難が課題に挙げられている=石垣市、サザンゲートブリッジから市街地を望む 避難訓練で津波一時避難施設の大型マンション「アルトゥーレ美浜」に向かう浜川小学校の児童ら=8月9日、北谷町宮城

【那覇市】県内初の避難ビル来年完成 2千人収容 非常食も常備

 地震発生時、最大で11メートル以上の津波が押し寄せるとされる那覇市。東日本大震災以降、市は市民の防災意識を高める「協働による防災連携づくり」を推進している。自主防災組織の結成など、市民レベルでの活動が広がるなか、市は2016年3月末にも県内初の津波避難ビルを完成させる。

 津波避難ビルは市松山の旧若松市営住宅跡地で建設が進んでいる。4階建てで、スーパーや子育てセンター、高齢者支援、運動スペースのほか、ダンススタジオなどの青少年育成施設も備える。屋上部分は地域住民の憩いの場として開放する。避難場所は3、4階部分で、約2千人が横になれる。2日半分の非常食を常備し、大規模災害時には市との協定に基づき、入居するスーパーから食料品なども提供される。

 ビルにはスロープが整備され、車イスやベビーカーも利用可能。小スペースの部屋は妊婦や高齢者などの福祉避難室になる。自家発電装置もあり、停電時も電力を供給できる。今後は周辺に誘導案内板を設置する。また、災害用アプリでビルまでのルートも表示されるため、観光客など土地勘が無い人もたどり着ける。

 市はこれまでに102施設と津波緊急一時避難施設としての使用協定を結び、16万2千人以上を収容できるようになった。しかし一部は営業時間内しか利用できず、食糧などの備蓄も困難。誕生する津波避難ビルは365日24時間利用可能な画期的な施設となる。市民防災室の職員は「防災の原点は地域のコミュニティーにある」と強調する。

 津波避難ビルは、子どもから高齢者まで幅広い世代が集う地域コミュニティー育成拠点としての役割も担う。市は、地域住民が日ごろから顔を合わせることで、災害時に互いに声を掛け合い、助け合う「共助」の意識が生まれることを期待している。職員は「避難ビルをどんどん利用してもらい、地域活性化にもつなげたい。万が一、津波が来たときに一人でも多くの人が助かれば」と声を大きくした。(我喜屋あかね)

【石垣市】全世帯に防災マップ 浸水予想を色分け

 市役所を含む市街地が「津波避難困難区域」となっている石垣市。市はこれまでに津波避難ビルを19棟指定。5階建て以上で外階段があり、いつでも人が避難できる建物を対象に、ホテルや民間アパート、公務員宿舎などと避難ビル使用協定を交わした。

 19棟の避難可能数は計1万2407人。一方、市街地を含め、海沿いの居住者は人口約4万9千人の8割以上とみられ、市防災危機管理室は「避難ビルはまだまだ足りない。さらに宮良、白保など高い建物がない地域の避難が課題だ」と指摘している。

 八重山では1771年の明和の大津波で甚大な被害を受けた。県の想定では、明和の大津波に近い震源で地震が発生した場合、市内の津波到達時間は、早い地域で約5分とされる。

 市は昨年4月、改定防災マップを全世帯に配布。同マップは一軒一軒の住宅を記載し、県の浸水被害予測を「20メートル以上」、「20~10メートル」など6段階に色分けし、自宅の浸水予想が一目で分かる工夫をした。

 市防災危機管理室は「基本は高台への徒歩避難。避難ビルは間に合わない人への対処であり、日ごろから防災マップを見て、避難のイメージを付けてほしい」と呼び掛けている。(新崎哲史)

【北谷町】一時避難 3万人分確保 通信やトイレに課題も

 東シナ海に面する有数の観光地、北谷町。町は沿岸部のホテルやマンションなど37施設と「津波一時避難施設」協定を結び、町人口を上回る約3万人分の避難スペースを確保している。一方、締結した施設側が町との連絡手段の整備を求めるなど、課題も残る。

 町は、西側沿岸部に北前、美浜、宮城、砂辺区と海抜0~5メートルの低地が続く。商業施設が立ち並び、日中の流入人口も多い。

 津波一時避難施設の目的は、高台まで逃げる余裕がない場合に「すぐ近くの高いビル」へ避難を可能にすることだ。避難者は次の場所へ移動できるまでの間だけ、とどまる。町は2009年から、沿岸部の4階以上の建物を使えるよう協定締結を進め、人口約2万8千人を上回る人数分を確保した。締結した9割、34施設はマンションなどの民間施設だ。町総務課は、協力の得られた背景を「物資などを求めず、空間の提供に絞ったこと」と説明する。

 宮城区にある19階建て421室の大型リゾートマンション「アルトゥーレ美浜」も14年3月、協定を結んだ。町が試算する避難の収容人員は2654人。管理組合の青木俊之理事長は「3・11の記憶がある。ここへ逃げて助かるなら、協力は当然という共通認識が理事会にあった」と、決定を振り返る。

 一方、締結後、周辺の住民が避難してきた訓練などを通じ、具体的な課題や戸惑いも浮かんできた。

 同マンションはオートロック。避難には、警備員らが外階段へ通じる8カ所の鍵をあける必要があるが、その判断材料は、町が一斉送信で津波発生を知らせる携帯メールだけ。青木理事長は「けがで警備員が解錠できないなど、アクシデントは必ずある。大勢の人を受け入れるからには、町と直接連絡できる通信手段が必要」と指摘する。

 さらに「切実」と訴えるのが、トイレ不足だ。共用トイレは1階にあり、避難時は使えない。居住者と避難者の排せつ物を処理しきれるのか。「『一時』とはいえ、避難の期間はわからない。マンションとしても前向きに備えたい。行政には災害用トイレの整備など、あらゆる事態の対策を具体的に考えてほしい」と注文を付けた。(下地由実子)

■車は使わず高台へ 沖縄気象台・明田川課長「油断が命取りになる」

 沖縄県でも過去に津波による被害が起こっている。1771年の明和の大津波では、宮古島や八重山地方で1万人以上が犠牲になった。沖縄気象台・地震火山課の明田川保課長は「津波は頻繁にくる現象ではないが、油断が命取りになる」と警鐘を鳴らす。

 海や川のそばで強い揺れやゆっくりとした揺れを感じたら警報の発表を待たずに、すみやかに海から離れ、より高いところへの避難が必要だ。「高台もしくは3階以上の避難ビルへ、車を使わず避難すること」と説明。東日本大震災では、車で避難しようとして犠牲になった人もいた。

 第1波が到達した後も、より高い第2波、第3波が来襲する恐れがある。「警報が解除されるまで避難を続けること。気象情報を得られるようにしておいてほしい」と呼び掛けた。(東江菜穂)

■海抜表示と避難場所 標識デザイン統一

 県防災危機管理課は2011年11月、津波発生時の避難態勢の強化を目的に、電柱や公共施設に掲示する海抜表示と避難場所のデザインを統一した。

 当時、市町村から寄せられた統一デザインの要望に応えて作成。現在、全県的に「津波避難ビル」「津波避難場所」のほか、5メートル以下、6~19メートル、20メートル以上で色分けした「海抜表示」が使われている。

 同課によると、県内で統一デザインの周知は進んだが、掲示する際の素材や設置場所、方法について問い合わせが多いという。同課の担当者は「効果的に掲示できるよう、今後県から市町村にアドバイスできないか、検討していく」と話した。

■「高層階まで誘導を」標識デザイン会社が事例紹介

 避難誘導標識などの企画・デザインを手掛けるアウトスペース(外間宏代表)は「避難誘導標識を、多くの人に知ってもらいたい」と2~6日、県庁でパネル展を開き、実際に使用される標識や県内外の設置事例を紹介した。

 同社の中澤伸さんは県内外で避難誘導標識の調査を行っている。年々、津波避難ビルは増えているが「その標識が周囲から見えにくく、建物の入り口や階段の場所が分かりにくいケースが多い」と指摘する。

 改善事例として紹介した千葉県船橋市は、建物の入り口や階段に高層階への案内表示を設置している。「ゴールは建物自体ではなく、より高い安全な場所。観光客の多い沖縄は、慣れない人にも分かりやすく誘導する必要がある」と話した。

 同社では市町村への防災意識を高めてもらうための展示や勉強会なども行っている。

 問い合わせはアウトスペース、電話098(943)5740。

■県内262施設、都市部に集中 離島・へき地ほぼゼロ

 県防災危機管理課によると、震災以降、県内の津波避難ビルは増え続け、15年6月現在で262施設ある。内訳は、県営や市町村営団地、ホテル、商業施設、民間のアパートなど。都市部に集中し、離島や過疎地域の自治体はゼロが多い。

 県は14年に公表した「地震被害想定調査」で、マグニチュード9・0の地震が発生した場合、津波による死者が1万1100人に上ると予測。同時に「津波避難困難地域図」を作成し、各自治体に避難計画見直しに活用するよう呼び掛けてきた。

 県は津波避難ビルの安全性の定義に(1)鉄筋または鉄骨鉄筋コンクリート構造。原則、津波想定浸水深相当階の2階以上(2)海岸に直接面していない(3)耐震性が確保されている(4)避難路などに面している-を挙げている。機能性では進入口への円滑な誘導が可能、管理者などが不在の夜間・休日などに立ち入れることができるなどと定めた。

 市町村別にみると、最も多い那覇市は、県内初の市独自のビルを建設中だ。沖縄市も、避難困難者の調査を年度末までに取りまとめ、結果を基に市独自のビル設置へ計画を立てる方針だ。

 一方、県の調査を受け、ビルを増やそうとするが「プライバシーの問題などがあり、なかなか増えない」と頭を抱える自治体も目立つ。海抜の低い地域の多い豊見城市の担当者は「民間のアパート管理会社に打診したが、『住民の迷惑になる』と断られるケースがある。難しい」とこぼす。

 自治体が指定するビルは、基本的に24時間避難することのできる建物だ。糸満市は、指定ビルのほか、西崎小・中、潮平小・中学校を開校時間のみ避難ビルとして活用できる施設に設定。同市の防災担当者は「災害は時間を問わずやってくる。閉校後、施設を誰が開けるのか考える必要がある」と課題を挙げた。

 離島やへき地では、そもそも指定するビル自体が少ないというケースも多い。名護市でも「中心部以外で該当する建物が少ない」と、頭を悩ませる。

 離島におけるビル設置数は、4月に津波避難場所の機能を備えるコミュニティー施設を完成させた多良間村以外は、ほぼゼロだ。

 県防災機器管理課の担当者は「震災を機に、所有者から『うちのビルも(避難ビルに指定)できるか』と問い合わせも多い。県としても、避難計画の一環として指定が増えるよう、市町村と連携したい」と話した。(渡慶次佐和)

■要援護者守る手だてを 防災士・稲垣さんに聞く

 津波避難ビルの利用方法について、沖縄国際大学特別研究員で防災士の稲垣暁さん(55)に聞いた。(聞き手=吉川毅)

 ―津波避難ビルとは。

 「2005年にできた内閣府の『津波避難等にかかるガイドライン』に基づくもので、大きな揺れを感じたとき、津波に関する情報が発令されたとき、高台に避難する余裕がない状態で緊急的に、一時的に避難する建物。主にマンションやホテルなど民間の施設と市町村が協定を結び、東日本大震災後、県内でも避難ビルの指定が増えている」

 ―どんなときに利用できるのか。

 「ガイドライン上では、津波警報の発表で利用できるとしているが、各市町村によっても詳細が異なる。自分の住む地域にどのような津波避難ビルがあるのか、どういう状況で利用できるか、日ごろから地域を歩き、自立的な避難を考えておくことが大事だ」

 ―利用上の注意点。

 「民間のマンションなどの場合、避難スペースは基本的に通路や踊り場などの共有スペース。居住者との関係もあるので、普段から防災訓練などを利用して、居住者を含めた顔合わせや、避難時の対応などを話し合っておいたほうがいい」

 「特に、迅速な避難が困難な高齢者や障がい者など要援護者の対応も考えなければいけない。避難ビルのスペースが避難者で満杯になる場合も想定され、誘導する人がいない場合も考えられる。災害時の混乱を防ぐため、誰が避難ビルを利用するのか、サポートの必要性など想定される細かいことまで地域で共有しておくことが必要だ」

 「あくまで一時的な避難場所なので、津波の恐れなど危険が無くなった場合は、速やかに高台などの安全な避難場所に移動することも必要になる」

 ―今後の課題について。

 「夜間の場合や要援護者が利用する際の安全性、マンションではオートロックなど制約がある場合も考えられる。各市町村も協定内容について、地域住民に正確に知らせておくことも大事だ。津波避難ビルの普及と総合的な防災対策を地域の中で効果的に融合させていくことが減災につながる」

 【ことば】津波防災の日 2011年3月に発生した東日本大震災の甚大な津波被害を踏まえ、同年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」では、津波対策に関する観測体制の強化や防災対策の実施などを規定するとともに、11月5日を「津波防災の日」と定めた。この日は、1854年11月5日の安政南海地震(M8・4)で和歌山県を津波が襲った際、稲に火を付けて、暗闇の中で逃げ遅れていた人たちを高台に避難させて命を救った「稲むらの火」の逸話にちなんだもの。津波対策の理解と関心を高めるため、全国各地で防災訓練など実施されている。