「どうして国は、こんなにアメリカに対して弱腰なのかなあ」。宜野湾市の軍用地主会会長を24年間務め、10日に亡くなった花城清善さん(87)が、漏らした言葉だ。取材で何度もお会いした

▼花城さんは復帰前から市内でタクシー会社を経営。米軍関係者による強盗や乗り逃げなどを目の当たりにした。普天間飛行場の近くに住み、飛び交う米軍機と騒音下での生活

▼1996年、日米両政府が普天間の全面返還合意を発表すると地主に不安が走る。具体的な跡利用計画策定の重要性を説き4、5年かけて理解を得た。「半世紀も土地を提供させられてきたんだ。子や孫が夢を持てる計画をつくろうや」と

▼温厚な人柄で「和をもって信頼を築き行動に徹する」が信条。会社に早朝出勤し新聞を熟読。社会問題への関心が高かった

▼沖縄戦で父を失い、自身も戦場をさまよった体験が原点だ。県老人クラブ連合会会長も務め「集団自決」(強制集団死)の日本軍関与を削除した教科書検定撤回や、普天間の「県外・国外移設」を求める県民大会にも参加した

▼「日米両軍の戦場になり、ずっと広大な米軍基地が居座っている。虐げられても耐えてきたのがウチナーンチュ。心ある政府の人たちは考えてほしい」。繰り返される事故やトラブル。花城さんの願いから、あまりにも遠い普天間、沖縄の現状だ。(知念清張)