強大な国家権力を相手にして、どうやって闘いに勝つつもりなのか-そう聞かれたとき、キャンプ・シュワブ現地で反対行動を続ける人々は、真顔でこう答える。

 「あきらめないことです」

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する市民らの座り込み行動が18日で500日を迎えた。

 陸上では、工事用資材の搬入を阻止しようと、週末も雨の日も休むことなく監視・抗議行動が続く。海底ボーリング調査が再開された海上では、カヌー隊や抗議船が波にゆられながら必死に抗議の声を上げる。

 市民を反対行動に駆り立てているのは何か。戦後沖縄の闘いの記憶であり、理不尽な基地政策に対する怒りの感情である。差別的処遇に対する煮えくりかえるような怒りと政権に対する不信感は、政治的立場の違いを超えて膨らむ一方だ。

 18日には、県議会与党5会派と市民ら約千人(主催者発表)が節目の集会を開いた。

ゲート前の掲示板に記されている「非暴力抗議行動の留意点」が目を引く。

 「肩より上に手を上げない」-1950年代、米軍による強制的な土地接収に反対し、非暴力行動を貫いた伊江島の阿波根昌鴻さんらが唱えた陳情規定の一節だ。

 先人の愚直な非暴力の闘いが、およそ60年の時を隔てて受け継がれているのである。 ここに反対運動の正当性と普遍性があると言うべきだろう。96年の普天間返還合意から19年。沖縄の民意は確実に変わった。

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 市民を反対運動に駆り立てているのは、沖縄に対する差別的な扱いだけではない。

 地方自治が踏みにじられ、民主主義が窒息しかかっていることに対する強い危機感が、「辺野古」と「安保法」をつなぐ役割を果たし、全国に取り組みが広がっている。

 安全保障法制に反対する運動のけん引役となったのは、大学生らでつくる「SEALDs(シールズ)」だった。

 そのシールズが新基地建設をめぐる一連の政治的手続きに抗議し、「自由と民主主義を守る」という立場から声を上げ始めた。

 14日、ゲート前にシールズの独特のコールが響いた。「民主主義って何だ」「民主主義ってこれどぉ」「だぁる!」

 沖縄風にアレンジしたコールは、ラップ調のリズムに乗れないおじさん世代にも好評だった。

 ここにも民意の変化を見て取ることができる。

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 変化は国内だけにとどまらない。「島ぐるみ会議」の訪米団は、サンフランシスコ市議会の議員やアジア太平洋系アメリカ人労働組合(APALA)の幹部らと面会、沖縄への支援を訴え、前向きな反応を得ている。

 政府中枢や連邦議会ではなく、市議会や労組などをターゲットにしたのがミソだ。

 こうした変化が直ちに基地建設計画の見直しにつながるわけではないが、沖縄の声を国内外に伝え、県の取り組みの正当性を広く理解してもらうことが何より重要だ。「あきらめない」ことである。