政府・与党は沖縄戦や戦後史に対する理解を欠いているのではないだろうか。

 自民、公明両党が来年の参院選の日程を「6月23日公示-7月10日投開票」と想定して調整を進めているという。

 6月23日は沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」である。過去の国政選挙で公示や投票日に重なったことは一度もない。

 糸満市摩文仁の平和祈念公園では毎年、沖縄全戦没者追悼式が執り行われ、首相や衆参両院議長、政府関係者らが出席する。自民党幹部は「知らなかった」と釈明している。政治家ならよもや知らないはずはないと考えたいが、さもありなんとも思う。

 2年前の4月28日に政府主催の「主権回復記念式典」が開かれたことを思い出す。サンフランシスコ講和条約が発効した日である。確かに日本が連合国の占領から脱し、主権を回復した日である。だが、沖縄や奄美、小笠原は日本から切り離され、米軍統治下に置かれた日なのである。

 日程の背景には衆参ダブル選挙を見据えた安倍政権の思惑がある。選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法の適用を前提にすれば、法施行の6月19日以降で三つのパターンがある。23日公示だけではないのである。

 1981年、当時皇太子だった天皇が「どうしても記憶しなければならない」として慰霊の日、広島原爆の日、長崎原爆の日、終戦記念日を挙げている。「8・6」や「8・9」、「8・15」が公示と重なったらどうだろうか。

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 政府・与党の沖縄の戦後史に対する認識は、菅義偉官房長官の言葉に象徴される。

 辺野古新基地建設をめぐり、8月から9月にかけて決裂して終わった県と政府の集中協議で、普天間問題の原点を「戦後米軍が強制的に土地を接収したことだ」と主張する翁長知事に対し、菅氏は記者会見で「賛同できない」とした上で、「戦後、日本全国が悲惨な状況の中、皆さんが苦労して豊かで平和な国を造り上げた」と反論した。

 翁長知事は普天間は米軍が強制接収したにもかかわらず、代わりの土地を差し出せというのは理不尽だと指摘したのである。菅氏の反論は意図的に翁長知事の主張をすり替えたのではないかと勘ぐりたくなる。戦後史に対する認識の違いとともに沖縄の戦後史に対する無理解がある。

 「お互い別々に今日まで生きてきたんですね、すれ違いですね」との翁長知事の嘆きは解消されない。

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 沖縄戦の遺族関係者からは怒りや不信の声が相次ぐ。当然だ。自民党県連会長で参院選の立候補予定者である島尻安伊子沖縄担当相は「公示になじまないのではないか」と与党に働きかける考えだ。

 同じく立候補予定者で元宜野湾市長の伊波洋一氏は「沖縄軽視だ」と批判した。

 県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦は、平和を求める戦後沖縄の原点である。「6・23」は県条例によって公休日に指定され、沖縄全体が早朝から厳粛な祈りに包まれる特別な日である。政府・与党に再考を求める。