◆青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ− 第3部 自分らしく生きる 千奈 私のしあわせ(下)

展示された自身の作品を見る新城千奈(右)と母由紀=20日、那覇市久茂地の琉球銀行本店

 2月20日、那覇市久茂地の琉球銀行本店。新城千奈(せんな)(27)は母由紀(51)と、1階のギャラリーコーナーに立っていた。同店で1年前から常設されている障がい者のアート展に、1月から千奈の作品2点が展示されているためだ。

 「千奈の絵よ」。由紀が言うと、千奈は作品を人さし指でなぞりながら、小さな声で何かをささやいていた。由紀は「誰かに見てもらう機会が増えればうれしいね。千奈のこと知ってもらえるよ」と話し掛けた。

 障がい者アートは、心の赴くままの衝動を表現している芸術として「アール・ブリュット」と位置付けられる。千奈の作品を見いだしたアートキャンプ実行委員代表の朝妻彰(68)によると、国内でも10年ほど前から注目され、作品が販売されたり、美術館に収蔵されたりする作家もいるという。朝妻は「何より、障がい者が豊かで楽しい人生を送るための表現活動として大切」と話す。

 由紀も千奈の作品の可能性について考える。作品が注目され、社会とのつながりとなることに「希望が生まれた」と喜ぶ。

 ただ将来の不安はある。千奈の3人のきょうだいは家庭を持ったり仕事に就いたりしてそれぞれの道を歩む。由紀は3人に、いずれは千奈を施設に預けると伝えている。「ずっと絵を描いているから手はかからない。でも1人で生きていくのは無理。できれば私は先に逝きたくない」と吐露する。

 妹で保育士の玉那覇万菜(25)は4年前まで実家で千奈と一緒に暮らした。ご飯を作ったりお風呂に入れたりする介助を「嫌だなあ」と思うこともあった。一方、幼い頃から障がい者に対する偏見を持たなかったのは千奈のおかげだと思う。「世の中にはいろいろな人がいると身をもって知っている。私の2人の子どもにも同じように育ってほしい」

 昨年10月、由紀は初めて千奈を自宅に残し、家族で食事に出掛けた。帰宅すると、千奈は冷蔵庫のビールやチューハイを飲んで気持ちよさそうに酔っぱらっていた。「もしかして1人を楽しんでいるんじゃない? 最低限の介助は必要だけど、自分で楽しみを見つけることができるんじゃないか」と夫と笑い合った。

 「やっぱり彼女には彼女の価値観があるんだ」。千奈の行動を見るたび、由紀は改めて気付かされる。今でも障がいがある状態で産んだことに申し訳ないと思うことはある。「それでも私は千奈と一緒に暮らせて幸せ。千奈も幸せだと思ってくれているかなあ」=敬称略(社会部・伊藤和行)

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