アルゼンチンが軍事政権下にあった1976~83年、左派活動家や労働運動関係者らが誘拐・殺害されたほか、40年近くたった現在も行方の分からない人がいる。被害に遭った県系2世の妻で沖縄訪問中の高良ノルマさん(69)は事件当時の様子を本紙に初めて証言し、「意見の違う人に暴力を振るい、差別することが二度とあってはならない」と訴えた。(南部報道部・又吉健次)

高良フアンさん(左)とノルマさん=1973年、アルゼンチン・タンディル(提供)

友人の荻堂敏江さん(中央)、前田由美子さん(右)姉妹に「暴力で問題を解決してはならない」と訴える高良ノルマさん=2月22日、宜野湾市佐真下

高良フアンさん(左)とノルマさん=1973年、アルゼンチン・タンディル(提供) 友人の荻堂敏江さん(中央)、前田由美子さん(右)姉妹に「暴力で問題を解決してはならない」と訴える高良ノルマさん=2月22日、宜野湾市佐真下

 ノルマさんの夫フアンさん=失踪時(33)=の父母は、うるま市与那城饒辺出身。フアンさんは公認会計士で、74年に結婚したノルマさんとの間に長女カメナさん(41)がおり、首都ブエノスアイレス近郊のマルコスパス市で暮らしていた。

 目出し帽に銃を持ち、警察を名乗る6人がフアンさん宅を訪ねたのは77年6月18日午前0時すぎ。「警察署で話を聞きたい」とフアンさんを連れ出した。軍のトラックに乗せられた夫からその後、連絡はない。

 前日にはオスカル・サンチェス市長が誘拐されていた。貧しい人への支援活動に熱心で、フアンさんも手伝っていた。ノルマさんは「夫はもう亡くなっていると思う。しかし遺骨もなく、どこに手を合わせたらいいのか」と目を潤ませる。

 いつでも帰宅できるようにとフアンさんの実家のドアは常に開けられていた。しかし、帰宅がかなう前に父せいしゅんさん、母かめさんは他界した。

 世界のウチナーンチュ大会に参加した16年、国際通りでのパレードで日系人「強制失踪者」の顔写真入り横断幕を掲げて行進したノルマさん。同事件を扱った映画「沈黙は破られた」の県内上映会でも、「夫のルーツの地の人にも知ってほしい」とのメッセージを寄せた。

 「夫は貧しい人のいない国をつくりたかっただけ。意見が対立しても、話し合いで解決するべきだ」と訴えた。ブエノスアイレス市在住の友人、荻堂敏江さん(65)、宜野湾市の前田由美子さん(62)姉妹の母の一回忌で1日に来沖した。28日に帰国する。

 軍事政権による左派弾圧で行方不明になった人々は3万人ともいわれ、被害に遭った日系人17人のうち13人が県系人とされている。