「とー、借ら(借りるよ)」「カラー? 色は白っぽくてきれいですよ」。しまくとぅばを交え、ユーモアたっぷりに事業を紹介する不動産会社のテレビCMなど、沖縄県内ではしまくとぅばを使った広告が多い。先駆けとなったのは1978年に始まる沖縄シャープ電機の「うちなーびけーん」シリーズ。広告関係者は「沖縄は地域色を出すほど広告効果が大きい」と指摘。県産CMが目立つ背景には芸能が盛んで人材も厚い「うちなーびけーん(沖縄だけ)」の状況があるという。(政経部・照屋剛志)

徳原清文さん(右)によるしまくとぅばの掛け合いがユーモラスな上間不動産のCM(同社提供)

「うちなーびけーん」シリーズのCMを振り返る玉城節子さん=2日、那覇市

玉城さんを起用したうちなーびけーんシリーズの新聞広告(1982年11月19日沖縄タイムス掲載)

徳原清文さん(右)によるしまくとぅばの掛け合いがユーモラスな上間不動産のCM(同社提供) 「うちなーびけーん」シリーズのCMを振り返る玉城節子さん=2日、那覇市 玉城さんを起用したうちなーびけーんシリーズの新聞広告(1982年11月19日沖縄タイムス掲載)

 沖縄シャープ電機は78年に沖縄の気候風土に適した、さびに強い冷蔵庫を開発。新ブランド「うちなーびけーん」の第1号として売り出した。

 当時の資料やCM映像は同社にも残っていない。上間謙一管理部長は「沖縄だけにしかないブランドとして、販売に力を入れる方針だったため、沖縄らしいCMにこだわったのだろう」とする。

 県内制作のCMが少ない時代、テレビCMに当時30歳代の琉球舞踊家、玉城節子さん(玉城流翔節会家元)を大抜てき。玉城さんが琉球舞踊の綛掛(かせかけ)を優雅に舞い、「うちなーびけーん」と語り掛ける姿は大反響を呼んだ。

 冷蔵庫の売れ行きは好調で、うちなーびけーんブランドはエアコン、洗濯機、ボイラーなどに幅を広げた。現在も同ブランドとして太陽光パネルを発売。息の長いブランドとして親しまれている。

 玉城さんは「沖縄の伝統芸能が一般家庭に一挙に身近に感じてもらえるきっかけになった」と考える。「道で歩いている知らない子たちから、『うちなーびけーん』と呼び掛けられることもしばしば。これだけ浸透するものかと驚いた」と懐かしむ。今では伝統芸能やしまくとぅばのCMは珍しくない。「沖縄シャープのCMがきっかけになったと思う」と話す。

 北谷町の上間不動産は2009年から、野村流古典音楽師範で民謡歌手の徳原清文さんをテレビCMに起用した。しまくとぅばと共通語のとぼけた掛け合いが人気だ。

 上間良健代表は「きれいなしまくとぅばを使って、沖縄の良さを伝えたかった」と狙いを明かす。「ユーモアを交え、若い世代にもしまくとぅばに親しみを持てるようにした」

 CM開始後は、営業の問い合わせも増え、業績も伸びた。インパクトの強さに、徳原さんを同社の代表と思い込む人も出て、企業名浸透に一役かった。

 「ナショナルブランドの企業も沖縄独自のCMを制作する傾向にあり、全国でも珍しい」。沖縄広告協会副委員長を務める電通沖縄の太田淳常務は県内のCM動向を説明する。「県内では地域色を打ち出した方が、県民に受け入れられやすい。舞踊や音楽、芝居、お笑いなど沖縄は芸能人が多い。豊かな自然もあり、沖縄らしさを演出するのに事欠かない」。沖縄ならではの環境が独自のCM作りに結び付いているとした。