県民らから寄付を募り、2016年2月に米国で心臓移植手術を受けた沖縄県浦添市出身の翁長希羽(おなが・のあ)ちゃんが2日午前3時13分、間質性肺炎のため熊本市内の病院で亡くなった。3歳9カ月だった。葬儀は4日に熊本県八代市内で、近親者で執り行われる予定。

元気な姿で帰国し、報道陣に笑顔を見せる翁長希羽ちゃん(中央)と父・司さん(左)、母・涼子さん=2016年9月20日、成田空港

【生まれて初めて沖縄へ】「夢だった沖縄に連れて帰ることができた」。笑顔で記念撮影に納まる翁長希羽ちゃん(中)と、父親の司さん、母親の涼子さん=2017年6月、県庁

【希羽ちゃん渡米】母親に抱きかかえられ、医療用小型ジェットに乗り込む翁長希羽ちゃん。中央は父親の司さん=2016年1月、関西空港

【ひまりちゃんに余剰金3千万円贈る】翁長希羽ちゃんの帰国と「ひまりちゃんを救う会」への寄付を報告した「のあちゃんを救う会」の平良誠共同代表(中央)=2016年9月、沖縄県庁

【募金3億円突破】学園祭の模擬店の売り上げなど10万円余りを「救う会」に手渡す陽明高の生徒たち=2015年12月、那覇市・「救う会」事務所

【SNS活用】360度の撮影が可能なカメラを囲み、のあちゃんへの支援を呼び掛けるFECの山城智二代表(中央)ら=2015年12月、那覇市安里のFECオフィス

【募金活動】募金する人にお礼を述べながら受け取る親子連れ=2015年10月、那覇市・パレットくもじ前

元気な姿で帰国し、報道陣に笑顔を見せる翁長希羽ちゃん(中央)と父・司さん(左)、母・涼子さん=2016年9月20日、成田空港 【生まれて初めて沖縄へ】「夢だった沖縄に連れて帰ることができた」。笑顔で記念撮影に納まる翁長希羽ちゃん(中)と、父親の司さん、母親の涼子さん=2017年6月、県庁 【希羽ちゃん渡米】母親に抱きかかえられ、医療用小型ジェットに乗り込む翁長希羽ちゃん。中央は父親の司さん=2016年1月、関西空港 【ひまりちゃんに余剰金3千万円贈る】翁長希羽ちゃんの帰国と「ひまりちゃんを救う会」への寄付を報告した「のあちゃんを救う会」の平良誠共同代表(中央)=2016年9月、沖縄県庁 【募金3億円突破】学園祭の模擬店の売り上げなど10万円余りを「救う会」に手渡す陽明高の生徒たち=2015年12月、那覇市・「救う会」事務所 【SNS活用】360度の撮影が可能なカメラを囲み、のあちゃんへの支援を呼び掛けるFECの山城智二代表(中央)ら=2015年12月、那覇市安里のFECオフィス 【募金活動】募金する人にお礼を述べながら受け取る親子連れ=2015年10月、那覇市・パレットくもじ前

 希羽ちゃんは生後間もなく重い心臓病の「拡張型心筋症」と診断され、渡航移植手術に必要な3億2千万円を募金で集めた。手術は成功し16年9月には帰国できたが、悪性リンパ腫などの合併症と闘い、入退院が続いていた。 

 支援団体「のあちゃんを救う会」は同日、コメントを発表。「アメリカで受け継いだ新しい心臓は懸命に命の鼓動を続けていたが、度重なる治療は小さな体に少しずつ無理をさせていて、これ以上の苦しみには耐えられないところまでがんばってくれた。両親の腕の中で、病苦から解放されて安らかな眠りにつくことができたのあちゃんを、私たちも心穏やかに見送りたい」とつづり、これまでの多くの支援に感謝した。

「本当に強く立派な娘だった」

<父司さん、母涼子さんのコメント>

 希羽をご支援くださったみなさまにご報告致します。

 希羽は本日私たち両親の腕の中で安らかに旅立ちました。苦しい局面でも最後の最後まであきらめず、先生たちも驚くほどの命の力を見せてくれました。本当に強く立派な娘だったと誇りに思います。

 3歳9ケ月という短い人生でしたが、その内容は誰よりも濃く充実したものだったと思います。

 そのような時間を過ごせたのも皆様のご支援があってこそです。本当にありがとうございました。

 たくさんの方に応援していただき、希羽は本当に幸せでした。私たちも希羽が最後に見せてくれた頑張りに恥じないよう前を向き生きていきたいと思っております。

 改めてご支援をくださった皆様に心からお礼を申し上げます。

 本当にありがとうございました。

 翁長司 涼子