「沖縄戦は一種の虐殺で、考え始めるとおかしくなりそうで書けなかった」。作家野坂昭如さんは2001年6月、戦争童話集『ウミガメと少年』完成後の記者会見で沖縄戦を執筆する苦しい心境を語った

▼作品は1944年の十・十空襲で焼け出されて戦火を逃げ惑う少年・哲夫の心の揺れをウミガメの産卵と対比させ、人間らしい普通の感情を奪っていく戦争の実相を浮き彫りにしている。2年がかりでつくりあげた

▼野坂さんは少年時代を過ごした神戸で空襲に遭い、妹を栄養失調で亡くした。壮絶な戦災体験は直木賞受賞作『火垂るの墓』で描かれている。野坂さんにとって、「沖縄と向き合うのは物書きとしての最後の務め」だった

▼野坂さんは9日、85歳で死去した。脳梗塞で倒れた後も自宅で闘病生活を送りながら、妻暘子(ようこ)さんの助けを借りて口述による執筆活動を続け、日本の社会を批判した

▼戦後70年目の8月14日付本紙に掲載された寄稿で、安保関連法に対し「破滅への道を突っ走っている」とし、「安保法制は、戦争に近づく」と断じた

▼亡くなる直前の9日午後4時ごろ、雑誌「新潮45」で担当する連載原稿を新潮社に寄せ、末尾の一文で「この国に、戦前がひたひたと迫っている」と警告した。「焼け跡闇市派」作家は最後の最後まで反体制、反戦平和を貫いた。(与那原良彦)