元沖縄県議会議長の志村恵(しむら・けい)さんが11日午前10時半、病気療養のため入院していた中部病院で心不全のため死去した。95歳。本部町生まれ。自宅は宜野湾市。琉球政府総務局長などを経て本土復帰の年の1972年に県議となり6期24年間で県議会議長、自民党県連会長など要職を歴任した。告別式は13日午後3~4時半、宜野湾市普天間1の27の11の普天満山神宮寺で。喪主は妻の春美(はるみ)さん。

志村恵

 1940年に県立三中を卒業後、満州国立新京工業大学に入学し42年に学徒動員された。46年に沖縄民政府に入り琉球政府発足後は建設運輸局長、下水道公社総裁などを務め、戦前に大学で習得した土木技術を生かし戦後復興に尽力した。

 72年に自民公認で県議に初当選し、議長時代の85年には全国都道府県議会議長会の会長に県内で初めて就任。中曽根康弘首相(当時)に在沖米軍基地の整理・縮小を直接要請するなど基地負担の軽減に取り組んだ。

 長男の恵一郎さん(63)は来年1月の宜野湾市長選に立候補を表明している。