マグロ尽くしの料理が自慢の那覇市大道の居酒屋「花咲か爺(じい)さんの家」。変わった名には、店主の冨里勝行さん(65)=那覇市=の夢が込められている。故郷竹富町鳩間島の人口は約50人。「桜が咲けば、花見に人が訪れ、島は活気取り戻す」。勤め人を1年前にリタイアし、桜による島興しに本腰を入れるため店を開いた。昨秋、みんなと夢を共有しようと店内に募金箱を置いた。今月中旬、桜の世話を引き受けた鳩間小中学校に手渡すため、島に渡る。(編集委員・謝花直美)

桜の花を咲かせるための募金に協力する客と、店主の冨里勝行さん(左)=那覇市大道、「花咲か爺さんの家」

力を合わせて桜の幼木を植える鳩間島の人々=2012年11月(冨里勝行さん提供)

桜の花を咲かせるための募金に協力する客と、店主の冨里勝行さん(左)=那覇市大道、「花咲か爺さんの家」 力を合わせて桜の幼木を植える鳩間島の人々=2012年11月(冨里勝行さん提供)

 栄町市場のにぎわいから少し離れた場所に店はある。泡盛が並ぶテーブルには、冨里さんが釣ったマグロが刺し身、酢みそあえ、フライに姿を変え、次々と並ぶ。冨里さんが披露する民謡に客は酔う。開店1年、なじみも増えた。だが壁には「咲かせてみよう花咲爺じぃ」の文句。開業の初心を見失わないためだ。「店はやっても5年。いつかは島に帰る」と決めている。

 桜には特別な思いがある。東京での学生時代、バイトに明け暮れた。心配した先輩が上野公園の桜を見せてくれた。「心からきれいだと思った」。疲れた心を桜がふわっと包んでくれた。

 沖縄に戻った1970年代。専門学校でがむしゃらに働いたが、仕事の浮き沈みも経験した。つらい時の支えは、中3で離れた鳩間島。「島に船が近づくと潮の匂いで満たされた。生きてるんだと実感した」

 だが鳩間島は過疎に苦しむ。人口は現在約50人だ。沖縄在鳩間郷友会会長も務める冨里さんは、島に元気を取り戻すために桜の植樹を思いついた。「桜がいっぱいの島になれば大勢が訪れる。島の魅力に気付いてくれる」

 2000年から植樹を始め、自身の還暦祝いも含め、これまで60本余を植えた。「島は砂地で潮風も強い。3年前の干ばつで半分が枯れた」。現在残るのは8本。1メートルほどに伸びたが花はまだ先だ。

 昨年、勤め人人生を終え、店を始めた。「島のことをやるには、年齢的にぎりぎり。やっと軌道修正できた」と顔をほころばせる。昨秋、店の夢に協力してもらおうと募金箱を置いた。強制にならないよう投入額は1回100円以下、現在1万5千円余が集まる。

 冨里さんの思いが伝わり、鳩間小中学校が桜の世話を引き受けてくれることになった。花咲か爺さんの思いを、募金で届けるのが楽しみだ。