名護市指定の天然記念物「底仁屋の御神松」は樹齢約250年、高さ約10メートルのリュウキュウマツ。太平洋戦争中、出征する若者を見送る場所だった。1944年12月、県立三中(現名護高校)の生徒だった具志堅均さん(88)は、帰省中に出征を見送った。

御神松に腰掛ける具志堅均さんと妻の美智子さん=名護市底仁屋区

 「有津、天仁屋、底仁屋の20~25歳の60人が、このマツの下に集まっていた。国防婦人会はたすきを掛け、線香を立ててムラの偉い人が見送りのあいさつをした」

 具志堅さん自身も翌45年2月、鉄血勤皇隊に入隊。八重岳で行軍訓練の日々が続いた。「上官に『お国のために命をささげます』と祈らされ、自分は死ぬのかと怖い気持ちだった」と言う。

 底仁屋にほど近い辺野古沖では新基地建設が進む。「自分が元気だったら辺野古にも行きたいくらい。早く沖縄が静かになってほしいと願っている」と話す。

 同区の豊里友正さん(93)は43年2月、御神松の下に立って出征した。宮崎県の部隊に衛生兵として召集された。「うかみまーち(御神松)に手を合わせて行ったから助かった。くぬ まーちや うかみどぅやゆる(この松には神様が宿っている)。戦は全然してはいけない。怖いものだよ」と語気を強めた。(玉城学通信員)