ことし2月、那覇市で開かれた県書作家協会木筆會の書道展。40年の歴史で初めて、沖縄の黄金言葉をテーマに掲げ、過去最多の1600人が訪れる、大好評を博した。提案したのは会長で、書家の豊平峰雲(本名・信則<のぶのり>)さん=(76)。自身、10年ほど前から県外の書道展にも、琉球漢詩など、沖縄を題材にした書を出品する。「沖縄の先人が育んできた言葉を、永代残る書を通して次世代に引き継ぎたい」と意欲を燃やす。(学芸部・高崎園子)

力強く、かつ繊細な筆運びで作品を仕上げる豊平峰雲さん=沖縄タイムス社

黄金言葉をテーマにした第40回県書作家協会木筆會書道展で、解説する豊平さん(左)=那覇市民ギャラリー

力強く、かつ繊細な筆運びで作品を仕上げる豊平峰雲さん=沖縄タイムス社 黄金言葉をテーマにした第40回県書作家協会木筆會書道展で、解説する豊平さん(左)=那覇市民ギャラリー

 会派を超えた県内の40団体が出品する書道展は、しまくとぅばを継承したいという豊平さんの熱い思いで、今回、沖縄をテーマに設定。183人が、名護親方(程順則)の琉球いろは歌、琉球漢詩や琉歌、ことわざや民謡などを題材に、思い思いの書体、筆や紙を使って表現した。「作品を見て力が湧いた」「共感した」。来場者から大きな反響があった。

 「書は文字を使って、心象を表現するもの。皆さん、自分たちのシマの言葉なので、生き生きと楽しげに表現している」。豊平さんは思いを共有できたことを喜ぶ。

 豊平さんは、石垣市新川出身。高校卒業後、琉球海運に入社。高校時代に始めた書道は19歳で沖展初入選。24歳で本社勤務になり島を出た。36歳の若さで沖展審査会員になり、37歳のころ退社し、書の道一本に絞った。いまは直弟子だけでも80人に上る。

 24歳まで住んだ八重山は、徹底した標準語励行がなされた。豊平さんの時代にはすでになかったが、両親から「方言札」について聞かされた。「しまくとぅばは悪い言葉なんだという思いがあり、標準語を使う努力をしていた」。石垣にいたころは、すまむにぃをほとんど話せなかった。

 還暦を過ぎたころから、すまむにぃの魅力に目覚めた。かつて祖母らの言葉を「耳学問」したおかげで、自然に口から出てくるようになった。

 大きなきっかけは、母親のため、八重山民謡の伴奏に三線を習い始めたこと。母親に認知症の症状が見られ、少しでも進行を遅らせたいと思ったからだ。すまむにぃで歌うと母親は「うむっさそーらー(とてもおもしろいね)」と喜んだ。豊平さんは「自分の生まれジマの歌に安らぎを感じたのだと思う」と振り返る。2010年には、石垣市で「鷲ぬ鳥節」などの八重山民謡に合わせ、作品を書くイベントも開いた。

 「ありがとうは新川では『にーはいゆー』。同じ市内でも宮良では『みーはいゆー』。与那国は『ぷからさゆー』」。八重山でも地域によって言葉が違い、地域の個性が表れる。言葉の奥深さを説明する。

 「やえやまぬ、ききぶすん?(八重山の言葉が分かりますか?)」「みさんさー(元気?)」「のーしどぅおーりゃー(何しているの?)」。同郷出身者や同級生との何げない会話にも、すまむにぃがぽんと出るようになった。

 「これからも、沖縄のきむぐくる(真心)、アイデンティティーがあふれる作品を書いていきたい」。豊平さんの意欲は尽きない。