【沖縄】米兵の事件・事故が平等に裁かれない現状に住民が不満を爆発させ、米人車両約80台を焼き払った1970年12月20日のコザ騒動から45年を迎えた。米軍人運転の車が道路横断中の住民にぶつかった交通事故が発端だった。

焼き打ちにされた米人車両の状況を確認する警察関係者とみられる人たち=1970年12月20日、沖縄市

 糸満町(当時)で起きた主婦轢殺(れきさつ)事件が数日前に無罪となるなど、米側有利の判決が相次いでいた中での事故に群集の怒りが噴き出した。未明から明け方にかけて、数百人が沖縄市のゲート通りや軍道24号(国道330号)にある米人車両や、嘉手納基地内の施設の一部を焼き打ちにしたが、死者や略奪行為はなかった。

 米軍統治下での人権の抑圧と差別に抗議した大規模な実力行使は、基地被害が一向に改善されない「構造的問題」への反発でもあった。その後の沖縄は復帰を経てもなお、過剰な基地負担を負わされている。米側に有利な「日米地位協定」の抜本的な改定を求め続けているが、政府は運用改善にとどめている。

 日米安保の代償を払わされる「構造」はいまだ変わっておらず、コザ騒動は日本の基地政策のありようを今も問い掛けている。