読谷村のヤードゥイグヮー(屋取集落)長田で生まれ、満1歳のタンカースージを過ぎたころ、先に移民していた父に呼び寄せられ、母と異母姉、兄の4人でサイパンに渡った。 一番の都会だったガラパンで叔母さんが洋裁店を開いていた。後ろには遠浅できれいな海が広がり、飛び込んで遊んだのを覚えている。