沖縄県宜野湾市志真志の棚原浩さん(93)は、30代半ばから80代後半までボランティアで主に志真志集落で出没したハブを捕獲し、地域から頼りにされてきた。約50年間で捕獲したハブの数は自身でも覚えていないほど。4年前、子どもたちに「危ないから」と言われて引退。市長田区かりゆし会会長で友人の宜野座晃さん(74)は「ハブから地域の安全・安心を守ってきた立役者」とたたえる。

製作したハブ捕獲器を持つ棚原浩さん(右)と友人の宜野座晃さん=6日、宜野湾市志真志・棚原さん宅

 志真志集落の東側は中城村南上原との境にありチブ川(ガーラ)が流れる。沖縄自動車道が開通する前はのどかな田園風景が広がり、水辺には多くのハブが生息していた。

 棚原さんが30代の頃、近くの田んぼでハブが出現。怖がることなくグシチヌフニ(ススキの茎)で頭を軽く押さえ、いとも簡単にハブを捕獲した。たちまち評判になり、ハブが出ると棚原さんを呼ぶようになったという。

 捕獲の依頼が多くなると、約1メートルの引っ張り棒に太い針金を錨(いかり)状に曲げてガムテープで巻き、ナイロンテグスの輪っかを付けた器具を作った。友人たちからは「これで捕れるの? 危ないぞ」と心配されたが、「頭部は軽く押さえることがこつ。強く押さえると反転して攻撃する」と、ハブの特性を知り尽くした棚原さんならではのアイデアだった。

 捕獲したハブは屋敷内の厳重な金網小屋で保管し、友人らがハブ酒に欲しいという時に分けていたという。「商売していればハブ御殿が建っていたのにな」と笑う。

 20年ほど前に家を新築した際、近くの池のそばに積んであった石材の中から真っ白なハブを捕獲した時は度肝を抜かした。家の守り神が現れたと思い、泡盛漬けにして今でも大事に保存している。

 引退後、捕獲器は市役所に寄贈した。棚原さんは「商売をしたわけではないのでハブ捕り名人と言われるのが嫌いだ。『ハブの性格をよく知る男』」と強調した。(翁長良勝通信員)