戦後70年の今年、戦争をくぐり抜け、それぞれの仕方で戦後社会に向き合い、すぐれた仕事を成し遂げた人々が、惜しまれながら逝った(以下、敬称略)。

 漫画家で妖怪研究で知られた水木しげる(93)は、ラバウルでの戦闘で多くの仲間を無謀な突撃によってなくし、自らも左腕を失った。

 「ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきてしかたがない」 

 水木は、ゲゲゲの鬼太郎やねずみ男など、日本のそれまでの妖怪とは異なる新たな妖怪を次々に生み出した。異世界の中に現実の世界を豊かにするヒントがあることを水木は妖怪漫画で伝えたかったのだろう。

 1953年に上映された小津安二郎監督の「東京物語」は、世界的に評価の高い日本映画の名作中の名作である。

昭和の大女優・原節子(95)は、この作品で、戦争で死んだ次男の嫁という役柄を演じた。彫りの深い目鼻立ちと吸い込まれるような美しい瞳。

 義母が死んだ後、義父が嫁に言う。「もう次男のことは忘れろ。良い結婚相手を見つけて自分の幸福を追求しろ」。戦後という時代は、国家や共同体、家長支配という束縛から個人が解き放たれた時代でもあった。

 原は小津監督の死後、表舞台から忽然と姿を消し、人目を避けて独身のまま生涯を閉じた。実人生で映画の役柄を演じきるかのように。

 戦後日本を代表する思想家の鶴見俊輔(93)は、祖父が後藤新平、父親が鶴見祐輔というエリート政治家の家系に生まれた。

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 米国留学中に日米開戦を迎えた鶴見は米移民局の聴取に対し、こう答えたという。「この戦争についてはどちらの国家も支持しない」。

 ベ平連の運動に関わったり、護憲の立場から「九条の会」の設立を呼びかけるなど、個人を大切にする市民運動に関わり続けた。

 「本土の終戦と沖縄の終戦は日付が違う。この日付の違いは大きいですよ。沖縄には、この国を内側から世界に向かってあけるカギがある。それを何世代にもわたって保ち続けることが重要だと思います」。

 英文学者の米須興文(83)はアイルランドの文学者イエーツ研究で世界的に知られている。米須は米軍上陸の1カ月前に最後の疎開船で九州に疎開した。

 「沖縄戦の語りとは必然的に〈解釈〉なんです」

 反戦平和の視点だけでなく、非体験者や戦後世代、復帰後世代など多様な視点から語り直す必要がある、と指摘する。

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 沖縄芝居の平良とみ(87)は、映画「ナビィの恋」やNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」で、沖縄の「おばぁ」を演じた。

 沖縄と聞いただけで重たい反応が返ってくる時代に、沖縄のゆったりした空気感と柔らかな物腰を体現した「おばぁ」を演じ、全国的なブームを呼んだ。

 「ウチナーンチュは苦労をなめて辛い思いをしてきたからこそ優しいんですよ」