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  • 沖縄そばの名店「丸安そば」が農連市場再開発で2月に移転する
  • 24時間営業で屋台の雰囲気、古きたたずまいが親しまれてきた
  • 常連客が「庶民の食卓」と愛する同店。再開発後には戻る予定

 色あせた厨房(ちゅうぼう)の壁、赤くさび付いた看板が、長い歳月を物語る。本土復帰の翌年に創業して43年目を迎える那覇市樋川の「丸安そば」が、農連市場地区の再開発に伴い来年1月いっぱいで姿を消そうとしている。2月からは近隣の店舗で営業し、再開発後に帰ってくる予定だが、常連客からは「古めかしいこのたたずまいが見られなくなるのは寂しい」と惜しむ声も上がる。(島袋晋作)

那覇市樋川の丸安そば。深夜でもさまざまな客でにぎわいをみせる=25日午前3時50分ごろ

 開南から神里原へつながる通りに面したわずか十数坪の老舗店は、歩道にむき出しになったカウンターとふぞろいのいすが屋台の雰囲気を醸し出す。

 24時間営業の同店は、辺りが暗く静まり返る深夜もにぎわう。25日午前3時すぎ、夜勤を終えた労働者やタクシー運転手、酔客らがひっきりなしに訪れた。

 夜食を食べに週3、4回は通うタクシー運転手の新城勉さん(48)は「味も昔ながらの雰囲気も好き。気さくなおやじとの会話はほっとする」と魅力を語る。

 チャンポンをかきこみ、足早に店を後にした新城さん。「もちろんこれからも通いますよ。でも、このたたずまいがもうすぐ見られなくなるんですね」と寂しげな視線を送った。

 厨房では、店主の仲里悦雄さん(72)が、給食調理用の大鍋でそばのスープを仕込みながら接客に追われる。粟国島出身。高校進学で本島に渡り、本土復帰の1972年に公設市場で食肉店を開業。25年ほど前、肉の卸先だった丸安そばを前店主から買い取った。

 初めての飲食店経営だったが、見よう見まねで料理を覚え、改良を重ねて今に至る。「他人がやることに興味があって、自分もやってみたくなる」性分。老朽化に耐える店の修繕もほとんど自分でこなしてきた。

 愛情を注いだ店の移転に「丸安といえばここ。できたらそのままがいい」と残念がるが、「不安はない。味さえよければどこからでも客は来る」。看板を守り続けた自信がある。

 30年以上通うほろ酔いの男性(45)は、勢いよく店への愛をまくし立てる。「この辺りは店もずいぶん減ったが、丸安だけはずっとにぎわっている。これからも大丈夫。だってここは庶民の食卓なんだから」。