大きさが決まったツー・バイ・フォーの製材を用い、簡単に造ることができた規格住宅。沖縄戦で家を失った人々のために、約7万5千棟が造られた。それに関わったのが、旧真和志村の岡野区にあった沖縄民政府工務部の構作隊だった。大宜味大工、とりわけ同村の饒波出身者たちだった。