◆青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ− 第3部 自分らしく生きる 誠悟 心開くまで(上)

就労移行支援施設「コミュッと!」のスタッフと冗談を言い合って笑う仲松誠悟(右)=15日、うるま市田場

 うるま市田場にある一軒家の一室から、若者たちの笑い声が響く。就労移行支援施設「コミュッと!」のスタッフたちが、打ち合わせを中断して談笑していた。話題の中心になっているのは、ボランティアスタッフの仲松誠悟(28)=宜野湾市。「あの物まねやって」「元ネタを知らないとウケないから嫌だよ」。冗談を言ったり得意の物まねを披露して和ませたり、ムードメーカーのような存在だ。

 社会福祉士の資格を持つ誠悟は昨年7月から、精神疾患などがある利用者の相談を受けるボランティアとして施設に携わるようになった。「人との関わり方がわからない」。利用者からそんな心の内を明かされる誠悟もかつて、他人の目が怖くて自宅から出られない「引きこもり」だった。

 中学3年の6月のある日、教室から離れた校舎の非常階段で誠悟はうずくまっていた。「授業に出なきゃ」。そう思っても足に力が入らない。焦れば焦るほど体がこわばり、腹痛がした。自分の心と体に何が起きているのか理解できず、動けるようになるのを待つしかなかった。

 小学生の頃から成績優秀で、学級委員長を何度も務めた。中学2年の時には、ロボコンの全国大会で優勝もした。家族や教師の期待に応えている自分が誇らしかったし、褒められることがうれしくて「いい子でいると得だ」と思ったりもした。

 中学3年の時、それまで無意識にできていた「優等生でいること」ができなくなった。打ち込んでいたロボコン制作の部活を引退し、燃え尽きた気持ちになっていた6月ごろのこと。受験を控え、塾に通い始めたクラスメートたちが順調に成績を伸ばしていく。塾に通わなくても成績優秀だった誠悟は、友人たちに急に追い越されたことで気持ちがざわついた。

 誰かの模範でいることは自信だった。そんな自分が崩れていく。周囲に笑われているように思えて、授業に出るのが怖くなった。担任は保健室登校を勧めたが、自分を恥じる気持ちはどんどん膨らみ学校への足取りを重くさせた。気持ちがふさぐと決まってひどい腹痛がした。

 心配した担任に付き添われて行った心療内科で、うつ病だと診断された。「なんでこんな目に遭うんだ。生まれてこなければよかった」。学校に行こうとしても、心と体が言うことを聞かない。沖縄高専への推薦入学を狙っていたが、出席日数が足りず諦めた。自分自身が許せず、物に当たった。家の窓ガラスを割ったりたんすを倒したりする誠悟を見て、母は泣いた。=敬称略(社会部・松田麗香)

<誠悟 心開くまで(中)に続く>