たまたま目にしたその作文は「私はどう生きるのか」と始まった。友寄野乃花さん。那覇市出身で、平和教育に熱心なキリスト教愛真高校(島根県)に進学した。今は3年生。昨夏、修学旅行で故郷に戻った

 ▼「私はやはり沖縄の人で沖縄を愛していた、などといった、何か自分にとって希望のようなものを沖縄で見つけられると思っていました。でも違いました」。戦跡を訪ね、戦後史を生き抜いた人々の話を聞いた

 ▼「『沖縄問題の根底にあるのは本土の人間の沖縄への差別意識であり無関心』。この言葉は私に突きつけられました。私は沖縄の人間でありながら、この言葉に当てはまっていたのです」

 ▼「沖縄出身だということに安心して何も理解していなかった」「何も知らない無関心な私」と続く自省の言葉。ぜひ聞きたくて、年末の里帰り中に会ってもらった。「本当に無関心な本土の人と友寄さんは違うのでは?」

 ▼友寄さんは言う。「平和学習とかで表面的なことは知っている。でも歴史や言葉に込められた思いを知らなければ、根本は一緒だと思う」

 ▼沖縄の人にはそれだけで沖縄を語る資格がある。そこに安住せず自らを問う勇気。「今の自分を受け入れ、認め、決心して私は生きていく」と書く覚悟。教えてもらったことがある。迷い、悩んだ言葉だからこそ強い。(阿部岳)