ひめゆり学徒隊として沖縄戦に動員された、ひめゆり平和祈念資料館元理事長の本村つるさん(92)=西原町=の講話「73年前の3月」が24日、那覇市安里のひめゆりピースホールであった。本村さんは女学校の卒業式を迎えられなかった当時の思いなどを語った。平和学習に取り組む「沖縄県平和祈念資料館友の会」が企画し、約70人が聴き入った。

年前、沖縄戦二『動員された体験を語る、元ひめゆり学徒隊の本村つるさん=日、那覇市安里のひめゆりピースホール

 73年前の3月24日、本村さんら県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部の生徒222人で構成したひめゆり学徒隊は、南風原町にあった陸軍病院などに動員された。米軍の艦砲射撃が激しくなった前日の23日、「動員が決まった」と告げられ、25日に予定されていた本村さんら最上級生の卒業式は中止に。「月が照らす中、みんな何も言わずに歩いた。日本は戦争に勝っているとしか思っていないから、私たちも国のために頑張るという思いだった」と振り返る。

 しかし5月に入り、学徒隊の中から犠牲者が出始めた。6月18日に解散命令が出て戦場に放り出され、1週間で100人以上が犠牲になったという。本村さんは「生き残った私たちの戦争体験は一人一人違う。体験者が少なくなる中、若い人たちが語り継ぎをしてくれている。ぜひ資料館に来てほしい」と呼び掛けた。