天皇、皇后両陛下が27日から2泊3日の日程で、沖縄を訪れる。来年4月の退位を控え、天皇在位中で最後の来県となる見通し。両陛下が初めて沖縄を訪れたのは戦後30年の節目となった1975年。即位後の93年には全国植樹祭への出席で歴代天皇として初訪問を果たし、今回が11回目だ。

撃沈された対馬丸の生存者や遺族と懇談する天皇陛下=2014年6月、那覇市の対馬丸記念館(代表撮影)

天皇、皇后両陛下は宮古南静園で入園者たちと交流した=2004年1月、宮古島市

海洋博出席のため沖縄を訪問した皇太子ご夫妻は、南部戦跡のひめゆりの塔を参拝。その時壕の中から2人の男が「皇太子来沖反対」を叫びながら火炎瓶を投げた=1975年7月、糸満市

沖縄をめぐる天皇陛下の語録と沖縄訪問

撃沈された対馬丸の生存者や遺族と懇談する天皇陛下=2014年6月、那覇市の対馬丸記念館(代表撮影) 天皇、皇后両陛下は宮古南静園で入園者たちと交流した=2004年1月、宮古島市 海洋博出席のため沖縄を訪問した皇太子ご夫妻は、南部戦跡のひめゆりの塔を参拝。その時壕の中から2人の男が「皇太子来沖反対」を叫びながら火炎瓶を投げた=1975年7月、糸満市 沖縄をめぐる天皇陛下の語録と沖縄訪問

◆ひめゆりの塔で火炎瓶

 沖縄国際海洋博覧会の開会式に出席するため75年7月、皇太子ご夫妻として沖縄の地を踏んだ両陛下を待ち受けていたのは、厳しい県民世論だった。戦没者慰霊のため南部戦跡に向かう途中の車列には牛乳瓶が、その後に訪れた糸満市の「ひめゆりの塔」では献花の直後、過激派活動家から火炎瓶を投げ付けられた。

 同行した当時の屋良朝苗知事(故人)に「気にしないでください」と声を掛けた陛下は、その日のうちに談話を発表した。「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、一人一人、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」

 87年10月、海邦国体秋季大会の開会式に昭和天皇に代わり出席。予定されていた昭和天皇の初来県が、病気療養のため取りやめになったからだった。89年1月に逝去した昭和天皇の沖縄訪問は、ついに実現しなかった。

 戦後50年の95年には、慰霊の旅として広島、長崎の両被爆地、東京大空襲の被災地とともに沖縄に。皇太子時代「日本人として忘れてはならない4つの日」として沖縄慰霊の日と広島・長崎原爆の日、終戦記念日を挙げていた。

 この年の記者会見では「今後ますます多くの人が美しいサンゴ礁に囲まれた沖縄の島々や、かつての激戦地を訪れることと思いますが、その人々がそれぞれの地で多くの命が失われたことに心し、訪れてほしい」と述べている。

◆対馬丸の生存者と懇談も

 障がい者の福祉施設などにも積極的に足を運んだ。全国各地のハンセン病療養所への関心も深く、沖縄でも75年の初来県の際に訪れた名護市の沖縄愛楽園に続き、2004年1月には宮古島市の宮古南静園を訪問。亡くなった入所者が眠る納骨堂に白菊の花束をささげ、冥福を祈った。

 直近では14年6月、戦時中に米軍の魚雷で撃沈した疎開船「対馬丸」の犠牲者慰霊のため来県し、那覇市の対馬丸記念館で生存者や遺族と懇談した。

 過去の訪問では空港に到着して最初に戦跡などを慰霊するのが通例で、11回目の今回も糸満市の国立沖縄戦没者墓苑に向かう予定。即位前から戦争犠牲者への追悼の姿勢を一貫して示し続けている。