「ウチナー島や ぐまさしが、ウチナーしきんや ひるさん」(沖縄島は小さいが、沖縄世間は広い)。この表現を実感したのが、1月のハワイ旅行だった。

ハワイ民間大使のグラント・サダミ・ムラタ氏(左)と妻の島村智香子さん

 この5年、ニューヨーク沖縄県人会は次世代への過渡期にある。会の目的の一つに「沖縄の歴史、文化、芸能の普及に力を入れ、その普及の場を提供しセミナーや講習会などを開催する。会の性格上、常に沖縄をテーマにした諸行事を行う」とある。

 会の少数の1世たちは、今まで見聞・体験した郷土芸能の知識を文化部の活動促進にどうにか役立ててきた。次世代に何らかの形でつなげたら、と祈願しながらである。

 私はニューヨークでの沖縄の郷土文化・芸能の継承に危機感を抱き、マンネリ化を打破するために刺激の必要性を感じていた。

 人材育成とかっこいいことを言っても有言実行せねば、それはリップサービス(口先)だけになる。アイデアはどこにでも誰にでもある。行動に移し結果を出さねば「やった」とは言えない。

 今回のハワイ行きを決めたのは、ウチナー芸能・文化を体験できる場所を考えると、ハワイが英語圏で最短距離だったからだ。民謡や古典、ウチナーグチを通じて琉球芸能・文化を普及している者が必ずいるはずだと思い、ハワイの民間大使、グラント・サダミ・ムラタ氏の名刺を見つけて連絡した。毎年1月に行われるハワイ連合会の就任式に合わせ、特に芸能イベントを中心に体験しようと昨年から計画を立てた。

 ムラタ氏とは、2016年のウチナーンチュ大会の一環であった民間大使の国際会議で、意見交換のテーブルが同席だった。ハワイ4世のムラタ氏は55歳。母国語は英語だが、「愛称はサンダー」と、ウチナーグチ・日本語・英語で流ちょうに自己紹介をした。

 初対面なのに互いに単刀直入に意見をぶちまけた。「いちゃりばちょーでー」で親戚に思えた。12歳から琉球民謡を始め、同時にウチナーグチも県系1世や古典音楽三線の師匠たちから学んだという。日本語学校へも通っていたので言語には不自由なし。ムラタ氏は民謡・古典三線で長年師範を務める。芸能関係の活動内容から新民間大使として認証された理由が分かる。 

 印象的なのが、妻で教師の島村智香子さんも同じく三線や他の楽器もこなし、子どもたちも芸能一家である。夫婦とも、琉球古典安冨祖流音楽研究朝一会USAと、安冨祖流絃聲会ハワイ支部として現在、他州の弟子・孫弟子合わせて200人以上に指導している。子孫に根強く根を張らせ、今でも継続している。

 先祖代々からのウチナーの原点がハワイにはある。それらが彼らのアイデンティティーの源であろう。(てい子与那覇トゥーシー)