さて、シャム(今のタイ)から南蛮酒が壺に入れられてきたときに、その造り方ももたらされた。当時シャムでの南蛮酒の造り方は、原料は米、麹(こうじ)は麦を粉にしてから水で丸く練り、そのまま放置するとそこにクモノスカビが繁殖して白い球状の麹ができる。この麹を崩してから、蒸した米と水の入っている仕込み壺に加えて発酵させ、十日ほどしてから蒸留して酒を得ていた。この方法は今でも雲南省やミャンマー、タイの寒村で見られる。

 この酒造り法が琉球に入ってきたが、当時琉球には麦がなく、米で麹をつくることにしたが、実はここで泡盛誕生の決定的なことが起こる。米で麹づくりをしてみたところ、麦を使わなかったことと、気候上の違いからクモノスカビが生えることはなく、全て黒麹カビ(菌)が生えてしまった。

 つまり今の泡盛づくりと同じ菌で麹ができたのである。この黒麹菌での酒造りは、以後の琉球での酒造りに画期的進歩を与えた。琉球は年中暑い亜熱帯気候で、通常の酒造り法では、高い温度のために発酵中の醪(もろみ)は腐造菌に汚染されて腐ってしまい、酒はできない。ところが、この黒麹菌は、クエン酸を多量に生産して黒麹の中に蓄積していく。すると、このクエン酸は、アルコール発酵を引き起こす酵母には影響を及ぼさないが、腐造菌に対してはその増殖を阻止する力を持っているので、発酵中は酵母だけが生育して、酒ができるのである。つまり泡盛用の黒麹菌は、世界中でこの日本の焼酎製造にしかみられない特殊な性質を持っていて、蒸した米に繁殖して米麹をつくる際、多量のクエン酸を生産し、それを米麹に置いていくのである。日本酒用の黄麹菌はこの性質がないので、日本酒用の米麹を口に含むと大変に甘く、甘酒などという美味な飲料も造れる。ところが泡盛麹を口に含むと、そのあまりの酸っぱさにびっくりする。

 泡盛仕込みの際、容器に水と黒麹を入れると、麹中からクエン酸が溶出してきて酸度が20~25ミリリットルにもなり、PH(水素イオン指数)も3・1~3・3という強い酸性状態を示す。ところが、自然界に生息していて空気中を浮遊している有害な腐敗菌は、PH3・5以下になると増殖が困難となり、生息できない。その上、都合のいいことに泡盛酵母は、そんな低いPH領域でも純粋・健強に生育することができる特性を持つので、雑菌侵入の心配もなく、アルコール発酵を営む泡盛酵母だけを純粋に発酵させることができるのである。

 さらに驚くことは、泡盛用黒麹菌のみが有する糖化酵素の性質である。糖化酵素とは、麹菌が蒸米で繁殖して米麹を造り上げていくときに、菌体内で生産して米麹に置いていってくれる酵素である。この酵素の作用のために原料中の米でんぷんが分解されてブドウ糖になり、そのブドウ糖に酵母が作用してアルコールが生産されるわけである。通常の麹菌の糖化酵素の作用は、PHによって影響を受け、PH3・5以下でほとんど作用しない。ところが何と都合のいい話だろうか。泡盛用黒麹菌の糖化酵素だけは、PH2・8になっても作用するのである。

 このような、泡盛造りにとって願ってもないほど都合のよい性質を有する泡盛用黒麹菌や泡盛用酵母は、長い製造の歴史において、しまんちゅうのみが応用、実践してきた素晴らしい知恵である。次回は、泡盛用黒麹菌が、日本固有の有用微生物とされて、黄麹菌とともに「国菌(こっきん)」に指定されたいきさつ、さらに最近、国際微生物連盟はこの有用黒麹菌が琉球地域に限って広く分布し、長く泡盛を醸してきた事実から、この泡盛黒麹菌の国際学名に琉球の名を付して「アスペルギルス・リュウチュウエンシス」としたことなどについて述べる。