前回述べたように、泡盛造りにとって願ってもないほど都合のよい性質を有する泡盛用黒麹(こうじ)菌や泡盛用酵母は、長い製造の歴史の中において、琉球の人たちが選択し、応用してきた素晴らしい知恵である。こうして、泡盛はクエン酸を生産する黒麹菌を使って昔から造られてきたが、鹿児島県や宮崎県を中心とする日本本土の焼酎製造では日本酒用種麹である黄麹菌(クエン酸を生成しない)が使われていた。そのため、醪(もろみ)のPH(水素イオン指数)は下がらず、腐敗も珍しくなかった。

 そこで明治40(1907)年に、沖縄で泡盛造りに使用していた黒麹菌を鹿児島県が導入したため、醪の安全性は盤石となって、薩摩の芋焼酎は一挙に品質の向上につながることになった。このように、黒麹菌を使って安全に日本の焼酎を醸すことができるようになった最初の技術は、琉球の人たちによってもたらされたことであり、ここに沖縄固有の歴史を感じるのである。

 次に私たちは、泡盛用黒麹菌は琉球地方にのみ生息する固有の菌であるのか、またこの菌での泡盛造りの最初にはどのようなことがあったのかについて検証した。まず、西表島での聞き取り調査から始めた。かつて西表島や黒島には泡盛醸造所があって、そこで働いていた女性たち(平均年齢85歳)から当時の麹の造り方を聞いたのは今から25年前のことであった。すると、彼女たちからとても興味のある証言が語られた。酒造りの最初の仕事は、山に行って桑の木の樹皮を削り取ってきて、それを細片し、さらに粉状にまでしてから、蒸した米にそれを掛けてやり、室(むろ)で3日も寝かせておくと真っ黒い麹ができるので、それを使って酒を仕込んだ、というのである。

 つまり、麹の種(たね=スターター)は自然界から取ってきたというのである。そこで黒麹菌は琉球の自然に多く生息していると考え、そのことを実証するため、東京農業大学発酵生産科学研究室(主任教授・小泉武夫)が沖縄県各地で現場調査を行った。その結果、白石洋平、秋元慈一、国武栄治の3人の研究者により、沖縄本島および島しょの自然界や樹皮等には、黒麹菌が圧倒的に占有していることを確かめた。

 さらに、黒麹菌の酒造りは、この地球上で琉球地域のみなのかについて10年近くにわたり現地調査を行った。カビを使った酒造りはアジア地区に限られていて、中でも東南アジア(タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオス)と東アジア(日本、中国、朝鮮半島、台湾)はその中心である。

 その結果、東南アジア全域および東アジアの中国、朝鮮半島、台湾の酒造りの菌は全てクモノスカビ(リゾープス)であり、その麹の形態は全て餅麹(もちこうじ)タイプ(万頭形、餅形、煉瓦(れんが)形、前餅形、団子形など)であるのに対し、日本の麹は全て散麹(ばらこうじ)タイプ(粒形)であることが分かった。さらに餅麹タイプでは、麹の原料や麦や高粱(コウリャン)などを生のまま粉にし、それに水を加えて練り、そのまま放置しておくとそこにクモノスカビが繁殖して麹ができるが、日本では原料の米を蒸して、それに種麹である麹菌(日本酒では黄麹菌、焼酎では黒麹菌)を添加して麹を造るのである。従って、麹菌での酒造りは日本特有のものであり、泡盛における黒麹も琉球で独自に発生した固有のものである。

 以上のように、泡盛用黒麹菌は琉球地域にのみ広く分布している貴重な菌で、これが日本の国菌に指定され、そして世界中の微生物学者がこの菌の学名に「琉球」の名を付けたことを次回で述べる。